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土俵の大きさは今のままでいいかどうか(2)~やはり16尺土俵を~

先日書いた土俵拡大論の続きです。

それでは現行の土俵が今の力士たちの体格からして狭い、とすれば
はたしてどれくらいのサイズに広げたらよいのか、考えてみます。

やはりおよそ80年前の15尺土俵制定時にくらべ10センチも伸びた、
平均身長から考えるのが妥当でしょう。

身長≒両手を広げた長さ、ですから、
土俵にあがる二人の力士のリーチの合計と土俵の内径との比率。
これを約80年前と現在とでくらべてみます。

まずは昭和6年(1931年)、
現行の15尺(455センチ)土俵制定時の
幕内力士の平均身長は前に見たとおり176センチ、二人のリーチ合計は352センチ。
土俵内径455センチとの比率は「1:1.3」となります。

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言ってみればこの比率が、昭和6年当時に攻防があってよろしいとされた
力士の体格と土俵との適正な比率ということになるでしょう。


これに対し約80年後の平成22年(2010年)現在、
幕内力士の平均身長は186センチ、二人のリーチ合計は372センチ。
変わらず使われている土俵内径との比率は「1:1.2」になってしまいました。
それだけ土俵が力士たちにとって狭くなったということです。

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そこで今度は現在の力士たちの寸法と、
80年前の土俵制定時の比率「1:1.3」から、
今日適正な土俵のサイズを割り出してみます。すると

土俵と力士寸法risoukanweb

「484センチ」という数字が出てきます。
この数字、実は尺でいう16尺=485センチとほぼ同じなのですね。
つまり今の力士たちに昭和6年の感覚で攻防のある相撲をとってもらうとすれば、
16尺土俵が適正、ということになります。

16尺土俵といえば、大相撲ファンが思い出すのは双葉山引退のエピソードでしょう。
終戦後、進駐軍の目を楽しませる目的で当時の相撲協会が土俵を15尺から16尺に拡大、
これに対し当時の横綱双葉山は、狭い土俵で技を競い合うのが大相撲である、と反発、
引退を決め、力士会の反対も強く、結局土俵は15尺に戻った…というおはなし。

しかし昭和の初めと今とでは、見てきたように体格差は歴然たるものがあります。

今の力士の身長、足の長さでは土俵に十分回り込む余地がないため、
パワーを行かした単調な取り口が増え、これに負けまいと皆体重を増やす。
やがて体重が増えすぎて、みな簡単に前に落ちる、ケガもする、稽古も減る。
するとますます相撲が単調になる…といった悪循環があるように思います。

もう一足、土俵に余裕があれば、土俵際の攻防も激しくなり、
これでは勝てないと力士たちの体重もおのずと抑制されていくでしょう。
そうなると安易な引き叩きも通用しなくなるし、ケガも減り、稽古量も増えて、
より面白い相撲が見られるようになるのではないでしょうか。

まあ現実にやるとなれば全ての部屋の稽古場を改修するなど、
かなり大掛かりなものになるはずです。
よほど不入りになるか、よほど理想に燃える理事が活躍しない限り
実現は難しいかもしれません。
そう思うとかなりハードルの高い課題かな、とも思うのですが、
いつか挑戦してほしいものです。







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土俵の大きさは今のままでいいかどうか

先日語った、最近の大相撲は昔に比べて攻防がない、という話の続き。
この問題の解消策としてかねてから言われているのが、土俵の拡大論です。

つまり、今の土俵は現在の大型化した力士には狭すぎる。
これをもっと広げれば、勝敗が簡単に決まらず、相撲が面白いものになるであろう…というもの。

巨人揃いのハワイ勢が台頭したころに盛んだった論議で、今更という気もするのですが、
やはり単調な取り組みの多い最近の土俵を見ていると、再考の余地もあるようにも感じます。

で、ちょっと歴史や数字を見てみたい。

現行の土俵は俵の内径15尺。つまり455センチ。
これは昭和6年(1931)の天覧相撲の機会に、
「より攻防の激しい相撲をご覧に入れる」という趣旨から
それまで13尺(394センチ)であったのを拡大したのが始まりです。

ならば今の土俵で「攻防の激しい相撲」をとってみせた、
当時の力士の体格はいかほどだったのでしょう。
天覧相撲に臨んだであろう昭和6年3月場所の幕内力士の身長、体重を見てみます。

syouwa06.03.
(参考:「相撲レファレンス」および「平成22年版大相撲力士名鑑」(共同通信社))


この場所を制したのは東の大関玉錦。
現在白鵬の記録で話題にされる双葉山、
そのひとつまえに横綱として一時代を築いた人がまだ大関だった頃ですから、
どれほど昔のことか分かろうというもの。

そして計算して出てくる当時の幕の内の平均体格は、端数を四捨五入すると
身長176センチ、体重108キロ。
今の感覚からすると驚くほど小さいですね。

現在の幕内力士で似た人を探すのは難しいのですが、
ちょっと前にさかのぼると、
教職を投げ打って大相撲入りし話題となった「先生」こと智乃花(現玉垣親方)。

小さな体で技巧派として鳴らしたこの人が
175センチ、115キロでしたから、まあだいぶ近い。
(これでも体重は7キロ重いのですが、ほかに例えられる人もいないので)




やはり小さいですね。
しかし80年前に制定された現在の土俵は、
このサイズで相撲をとった上でよしとされたものなのです。

今度は現在の力士を見てみます。
先月行なわれた平成22年9月場所、幕内平均は。

heisei22heikin
(参考:雑誌「相撲」平成22年10月号 ベースボール・マガジン社)


やはり四捨五入すると平均身長186センチ、体重152キロ。
こちらは番付の中では、足技名人の時天空が186センチ、149キロなので平均値になるでしょう。



つまり約80年の間に
平均身長はちょうど10センチ伸び、体重は44キロ増加、
智乃花サイズから時天空サイズへとみな巨大化していったことになります。




ちょっと面白いのは、全く偶然なのですが、
初めの動画で智乃花の相手をしている花ノ国(現在若者頭)が名鑑によれば185センチ、148キロ。
一昔前の力士ですが、この人も平成22年現在の幕内平均とほぼ同じなのです(ちょっと軽いけど)。

というわけで
kyotaika01

kyotaika02

kyotaika04


最後はおっきくなった方が負けちゃうんですけれども。そこはご愛嬌で。

ともあれこれだけ力士たちが大きくなった中、
土俵は変えずに同じ大きさのまま戦うというのは無理もあるのでは?

ではどれくらい大きくすればいいのか。
次回以降、考えたいと思います。



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プロフィール

うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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