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稀勢の里のカエル飛び

春場所もおわったが、
いまだにひっかかるのが稀勢の里の低調振り。

9勝6敗と今一つの成績であったが、目についたのは、
場所中時折みせた、両脚を同時にピョンとはねるカエル飛びのような立ち合い。
今まであまり見られない姿だった。あれは何だったのだろう。

15日間すべて、というわけではなかったのだが、今になって録画など見返してみると、
逸ノ城、照ノ富士、栃ノ心、白鵬戦などがこの立ち合いになっている。
結果として照ノ富士戦以外はすべて敗戦。
ほかはいつも通り右足からちゃんと踏み出しているのだが。

思い当たるのはやはり、昨年初場所でいためた、右足の親指であろうか。
あのケガ以来、稀勢の里の立ち合いはひところの迫力をうしなっている。
一歩目の足の親指にダメージがあっては、当たり前といえば当たり前なのだけど。

それでも突き押しから四つ身の相撲にスタイルを変えることで、何とか対応。
逆に相撲が安定感を増したようにもうつり、
ケガの功名かな、などと去年の半ばあたりはよろこんでいたのだが。
その後はジワジワと状態が悪化しているような。
それが顕在化したのが、あのカエル飛びなのか、どうなのか。

場所中はつい感情的になっていろいろ悪口もかいてしまうのだが。
もしそうだったらゴメンよキセ。いまごろ反省したり。

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「アーッ!」が更なる「アーッ!」を生む


糸井重里さんの「ほぼ日」が好きでよく見るのだが、ちょっと前に面白い記事があった。

「反省しない」方がいい?

語っているのは西條剛央さんという早稲田大学の先生。「構造構成主義」という何だかムツカシそうな学問をやっておられる方。読んでいるとどうも哲学やら心理学やらを学際的に研究するものらしい。

ともあれ興味深いのは記事の後半。


西條
 本で読んだのですが、マイケル・ジョーダンは
「優勝のかかったフリースロー」
みたいな場面では
何千回、何万回も練習してきたシュートを
いつもどおりに打つだけで
「結果はまったく考えない」と言うんですが‥‥。

──ええ。

西條
仮に外したとしても「ぜんぜん反省しない」
とまで、断言しているんです。

── え、ふつうの人なら「猛省」しそう。

西條
でしょう?

「何やってるんだ、俺は!」
「次こそ!」みたいに、ですよね?

それまでは、かくいう僕も
自分なりに「反省」していたんですけど、
この話を読んでからは
かえって逆効果だと気づきました。

── どうしてですか?

西條
失敗の「悪いイメージ」を
繰り返し、
自分に植え付けることになるからです。

──あー、イメージトレーニングの逆で。

西條
ですから、真面目な選手ほど
何度も何度も、繰り返し「反省」することで
同じように大事な場面で
また、同じようなミスをしちゃうんです。


── 悪いイメージがこびりついちゃって。

西條
逆に、僕の経験から言っても、
精神的に強い選手って、
試合に負けても
けっこう「あっけらかん」としている。

実は、あまんり気にしてないというか、
「負けちゃったけど、
 やるだけやったからしかたねーかー」
みたいな。

──そうなんですか。

西條
もちろん、技術的な面については
改善を繰り返さなければ、上達しません。

何が言いたいかというと
つまり「反省」もひとつの「方法」なので
無闇やたらにすればいいってものではない、
ということなんです。



もちろん個人として、我とわが身に照らし合わせ思うところも多々あるのだが。相撲ファンとして読んでいると、どうしてもこの人のことが頭に浮かんでしまう。



もちろん真ん中の人のはなし。間違っても左側の前髪命のお兄さんではなく。

昨年9月場所の記事。

稀勢の里「アーッ!!クソッ!!」/秋場所

<大相撲秋場所>◇13日目◇27日◇東京・両国国技館

(抜粋) またしても、期待はため息に変わった。大関稀勢の里(27=鳴戸)は関脇豪栄道(27)に押し出されて、3敗目を喫した。これで再び自力優勝の目は消滅。悲願の初優勝の可能性は大きく遠のいた。横綱白鵬(28)は大関鶴竜(28)を下して1敗をキープ。2敗はいなくなり、両者が直接対決する今日14日目に白鵬が勝てば、4場所連続27度目の優勝が決まる。

 何度目だろうか。稀勢の里に向けられた期待が、ため息へと変わるのは。館内の空気が、一気に沈んだ。その痛みは、本人が一番分かっていた。「アーッ!! クソッ!!」。風呂場に入る直前に叫び、中では「アーーーッ!!」と2度、絶叫した。顔は怒りで真っ赤。最後まで一言も発しなかった。帰り際、白鵬の相撲を画面で見つめる目は充血していた。みけんには、深いしわを刻んだままだった。



今年9月場所の記事。

稀勢、汚名残す屈辱的黒星に「アーッ!」

<大相撲秋場所>◇11日目◇24日◇東京・両国国技館

 (抜粋)大関稀勢の里(28=田子ノ浦)が屈辱にまみれた。初土俵から5場所目の新入幕逸ノ城(21=湊)に立ち合いで変化されると体が泳ぎ、はたき込みにばったりと落ちた。大関戦の最速白星を許し、歴史に汚名を残してしまった。

 伏線は立ち合う前にあった。立ち合いが合わず、新入幕力士を相手に2度も待った。9日目に敗れた豪栄道戦とまったく同じで、硬さが目立っていた。

 左腕にはテーピングが施されていたが、その痛みを感じる間すらない3連敗。引き揚げる際や風呂場で「アーッ!」と大声を上げ、支度部屋では両腕を組んで険しい表情。言葉を発することはなかった



場所中幾度となくニュース記事で目にする、稀勢の里の「アーッ!」。ここぞという場面で毎度毎度見事に期待を裏切り、ファンからは「Mrガッカリ」の異名を頂戴している。しかし一番悔しいのは当人であるのは、よく伝わってくる。反省猛省しているのもよく分かる。

ただ今回の西條センセイのお話など読んでいると、むしろそれが逆効果に働いているようで。結果を悔み、二度とこんなミスはするまいと心に決めれば決めるほど、同じようなミスを繰り返す。大一番、勝ち急いでつっかける、体勢不十分で強引に前に出る。結果墓穴を掘る。負けて猛省。次こそ、と思う。ところが猛省がネガティブなイメトレになっている。また大事な星を落とす。負のスパイラルにどんどん落ち込んでいく。

以前私はこんな記事も書いたが、ベースボールマガジン社の計らいも、生真面目な稀勢の里には逆効果だったのかもしれない。ここ一番に敗れても「ま、こんなこともあるさ」と飄々としていられる人の方が強いのだろうな。




われわれはみな稀勢の里である

白鵬の一夜明け会見の拒否は、奥さんの流産であることが判明した。

あきらかになってみれば、白鵬にも奥さんにも同情を禁じ得ない。
そういうことだったのか。
私はいつも白鵬負けちまえと思いながら相撲を見ているが、
今回の件に関してはそんな言葉も慎みたい。

千秋楽の表彰式で国家斉唱の際、彼は口をつぐんでじっと眼を閉じていた。
いつもちゃんと歌うのに奇妙に感じたが、
今にして思えば、生まれてこれなかった子供に一人黙祷を捧げていたのだろう。

しかし一連の騒動を振り返ってみれば、
何とも引っかかるのは白鵬のことよりむしろ、私も含め、彼の沈黙に戸惑う相撲ファンのネット上の言動だった。

千秋楽結びの一番、日馬富士が白鵬を破れば稀勢の里と白鵬の決定戦となる状況。
日本人びいきの満員の観衆からは圧倒的な日馬富士コール。
これが白鵬の気に障ったのだ、かわいそうに、
どんなに努力しても結局よそ者扱いだ、なんと気の毒、
会見拒否は自分を受け入れない日本人に対する無言の抵抗なのだ、
そんな声がヤフコメにもツイッターにもブログにも溢れていた。

私自身は毎場所中継を見ていて、そんなの今に始まったことじゃないじゃん、と思った。
日馬富士をダシにした間接的な稀勢の里コール、これまでも度々あったことだ。
いまさらそれで拗ねるような、白鵬はそんなタマではない。
何か別の理由があるんだろう、とは考えつつも、
しかしなあ、さすがに白鵬も衰えてはきたし、憎まれ役もいい加減疲れたかな…
などとつまらぬ邪推をしたものだった。

事実が判明すればまるで見当違い。
この騒ぎは何だったのだろう。

相手の沈黙にオタオタとし、きっと気分を害したのだ、
気の毒に可哀そうにと気を遣い、偏狭な応援は改めましょうと呼びかける。
その態度はとかく同調を求め、
和をもって貴しとなす日本人の弱さを露呈したものに他ならない。

今回の一件で、日本人びいきに気を悪くしたのだと騒いだ者は、
稀勢の里に向かってあいつはメンタルが弱いなどとこきおろす資格はない。

去る5月場所12日目、立ち合い二度つっかけたあと申し訳なく思ったか、
三度目の白鵬の強引な立ち合いに、無理につきあってここ一番を棒にふった稀勢の里。
ずる賢ささえ感じられる白鵬のタイミングに、お人好しの稀勢の里はまんまとはめられてしまった。
その姿は、自分が不利でも何とか場を成立させようとする、
私も含めた心優しいネット上の相撲ファンにもダブって見える。
相手はひたすら自分の都合で動いているだけだというのに。

もちろん立ち合いはお互いに合わせるのが基本であるし、
今回の白鵬のようにひたすら自分のタイミングで立つのは間違っている。
しかし自分のタイミングを見失ってしまっては元も子もない。

同様に相撲ファンも、日本人を応援したいという素直な気持ちを何ら捻じ曲げる必要はない。
そもそも相手は大横綱である。
負けろ負けろと目の敵にしながら見るのが正しい作法だ。
(まあ万歳コールはさすがにやりすぎだった思うが)

プライベートのことは本当に気の毒に思うし、
そのあとの行動も一人の人間として見事なものだった。
しかし横綱としては、こちらも遠慮なく憎ませてもらうこととしよう。

大人じゃん

稀勢 貴ほうふつ 新まわし「茄子紺」ニッカン

大関稀勢の里(27=田子ノ浦)が初めて、締め込みの色を変えることが分かった。新十両から10年間使っていたえんじに代わって、選んだ色は横綱貴乃花らをほうふつとさせる「茄子紺」。新しいまわしは前日2日に届き、3日の朝稽古で締めて体になじませた。

「何かが変わってくれればいいなという気持ちで、心機一転です」。前鳴戸部屋では関取になると、最初にえんじ色の締め込みを着けるのが習わしだった。そこから変えていく力士は多いが、稀勢の里は貫いてきた。だが、綱とりへ殻を破りたい-。その思いで、イメージチェンジを図った。

十両以上のまわしを指す締め込みは本来、力士規定で「紺、紫色系統」と定められていた。次第に色まわしが普及したが、紺色は基本。その中で茄子紺は、初代若乃花や貴乃花らが締めていた。稀勢の里が選んだのは赤みを抑え、黒みがかったインディゴブルーと呼ばれる茄子紺。「(色味を)うるさく言ってきたからいい出来です」と喜んだ。

体を大きく見せる膨張色のえんじから、引き締めて見せる茄子紺へ。「いい状態になったときに着ける」と、早ければ名古屋場所(7月13日初日、愛知県体育館)から新しい姿で行く。

 [2014年6月4日8時20分 紙面から]


稀勢の里といえばエンジ色のまわしがトレードマークになっていたが、ここに来てのモデルチェンジ。

地力は既に日馬富士、鶴竜を上回り、白鵬に次ぐナンバーツーであることは衆目の事実。
しかしここ一番の勝負師としての弱さで、番付は今なお大関のまま。
日本出身力士久々の幕内最高優勝、久々の横綱を期待されながら、延々とくすぶり続けたここ数年。

見る側は変わってほしいと願い続けてきたわけだが、
その思いが誰よりも強いのはやはり稀勢の里自身なのだろう。
稽古量に関してはもはや十分。
となればちょっと形からでも変えてみようか、というのも分かる気がする。

思うにエンジ色のまわしというのは、部屋の慣わしというのもあったにせよ、
どこか彼の幼さを演出していたような印象がある。
態勢が不十分でも本能のままバタバタと前へ出て、墓穴を掘るような。
馬力と勢いにまかせて勝ち急ぐ、子供の相撲のイメージ。

しかし去年の後半あたりから、少しずつ落ち着いて、
相手をみながらじっくり料理する相撲に変わってきた。
(もちろんムラはあるにせよ)
今年1月場所の足の親指のケガも経て、
そうした傾向が一層強くなってきたのが先月の5月場所だったように思う。
明るいエンジから渋みのある茄子紺への変化は、
いよいよ円熟味を増してきた彼の相撲ぶりを象徴するものになるだろう。
モンゴル勢の牙城の前に辛酸をなめつくした少年が、それを糧として大人へと脱皮し、
ついに天下取りへと乗り出したのだ。
いよいよ相撲ファンの待ちに待ったその時が訪れたのである。


…と願いたいのだが。


稀勢の里の昇進に対する杞憂、かな

あけましておめでとうございます。
今年もマイペースで更新します。
皆様もおひまなら来てよね、という感じで。





…ええ、若干おとそ気分です。すみません。



さて本題。
今場所の見所、稀勢の里の綱とり、というのが注目されるところ。
以前の記事で「絶対考えないぞ」とは書いたがやっぱり考えてしまう。
昨年は初場所以来10勝、10勝、13勝、11勝、11勝、13勝と大関としては十分過ぎる成績。
勝ち星からいえば、特に5月場所以降のそれは、既に横綱クラスといってもおかしくはない。
ただ優勝経験がないのがどうにも痛い。
といって白鵬という絶対的な王者がいる中で、賜杯を奪うのはハードルが高い。

その点を考慮してか昨年末の稽古総見後、
横綱審議委員会の委員長からは「初場所14勝でも優勝同点ならば…」という意見があった。
先月27日の記事から抜粋。

稀勢に神風!稽古場できた&綱とりハードル下がったサンスポ

総見後、横審の内山斉委員長(78)=読売新聞グループ本社顧問=は「14勝して優勝決定戦で負けてもその場合は昇進OK」と新たな見解を示した。これまで「13勝以上の優勝」を昇進の条件としていたが、優勝が絶対条件ではないとハードルを下げた。逆風を追い風、いや、“神風”に変える。


分からなくはないが賛成しかねる。
一度の優勝もなしに昇進させては、また双羽黒のように「仮免横綱」のレッテルを貼られてしまうのではないか。
賜杯バージンのまま、優勝次点、優勝同点、そして昇進というのは「あのとき」の流れと一緒である。
それは稀勢の里にとっても、相撲ファンにとっても、先を考えると不幸なことだろう。

稀勢の里の横綱昇進は普段相撲を見ない層を引き付ける、協会にとっても大きなチャンスだ。
それが世論の祝福に満ちたものになるか、はたまた当人を追い詰めるようなものになるか。
大きな分岐点になる。

ストイックな稀勢の里は、新人類と呼ばれた双羽黒とは正反対のキャラクターだ。
重圧の腹いせに下の者をいじめたり、親方夫婦といさかいを起こすようなことはまず無いだろう。
(その真相も最近では疑わしいものになってきてはいるが)
しかしプレッシャーに負けて成績が上がらず、やがて詰め腹を切らされる事態は考えられなくはない。

二場所連続の優勝にこだわる必要はもう無いとは思う。
しかし一度でも優勝することは絶対条件だろう。
アツモノに懲りてナマスを吹いてきたのが双羽黒以来の慣習だが、
それがダメだからといってナマスを丸呑みするのはまた行き過ぎだ。

もちろん協会、審判部の要請がない限り審議会が動くことはないから、
私の心配は杞憂に過ぎないのかも知れない。
年寄衆の見識を信頼していれば、審議員のコメントにいちいち反応するのは馬鹿げたことかも分からない。
それでも何処か不安を覚える昨今の空気。

ようやく、本当にようやく(涙)ここまで育ってきた稀勢の里。
どうか大事に育ててほしい。
お願いしますよ北の湖さん。

プロフィール

うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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