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ダグワドルジさんの近況

現役時代から、母国でビジネスを手がけているという話はあったが、
こういう姿を見たのは個人的には初めて。
(リンク先に動画もあり)

モンゴルの実業界でも成功目指す 元朝青龍にインタビュー(CNN)

(CNN) 元横綱朝青龍で、現在はモンゴルの実業家として知られるドルゴルスレン・ダグワドルジさん(30)はこのほど、CNNのインタビューに答え、実業家として成功したいと野望を語った。ダグワドルジさんは、日本で15年にわたって相撲界に君臨したものの、その言動で物議を醸し、2010年に暴行事件を起こし引退。母国で実業家としての第2の人生を歩み始めている。

日本では悪評も付きまとったが、モンゴルでこれほどの有名人はほかにいない。地元の人たちに「チャンプ」と呼ばれる英雄、ダグワドルジさんは「私の世代全体がモンゴルの開放を経験した。この新しい自由な国にいられることは素晴らしいと感じる」と母国への思いを語る。

体型は力士時代に比べるとスリムになったが、成功を目指す意欲に衰えはない。「世界的に有名な億万長者になれるかどうか、予想するのは難しい」としながらも、「相撲とビジネスは世界がまったく違うけれど、私の野心は大きなビジネスマンになることだ。私たちは誰もが成功のために努力しなければならない。特にモンゴルにはこれほど明るい未来があるのだから」と期待を膨らませる。

モンゴルは約20年前に社会主義を放棄し、経済、政治改革を断行した。鉱物資源の豊かさによって経済成長が促進され、その富はダグワドルジさんのような実業家に潜在的なチャンスをもたらしている。

ダグワドルジさんは首都ウランバートルでサーカスを運営し、住宅と娯楽の大規模複合商業施設を建設するプロジェクトにも関与する。その資金調達のために自ら投資銀行を設立した。

いつか大統領になる可能性について質問すると、笑いながら「もしかしたら」と答え、否定はしなかった。


ネクタイ締めてPCを操り、
記者には英語で自分の手がける施設を案内するダグワドルジさん。

角界に残っていればやり手の理事になったかな、とつい考えてしまうが、
おそらく日本人には首をかしげたくなるようなアイデアばかり出して、
また揉め事を起こしていることだろう。
結局大相撲の世界はこの人には狭すぎたのだな。
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テーマ : 大相撲
ジャンル : スポーツ

Number朝青龍インタビューを読む(4)~努力家の問題児~

またまた雑誌「Number 10月14日号」の朝青龍インタビューから。

横綱になってからの朝青龍は稽古嫌いで知られたのであまり言及されないが、
若い頃は逆に無類の稽古熱心であった。話は幕下時代について。


「一番頑張ったもんね。上を目指すために、死ぬ気でやった。
十両のころは自分の強さ、相手の強さがわかってきて、少し余裕もできてきた。
だから、無我夢中でやった幕下時代の朝青龍が一番強かったよ。
稽古は人の2倍、3倍やってたからね」

―どうしてそこまで稽古に打ち込めたんでしょう。

「いやぁ、もう強くなるんだって気持ちしかなかったから。
横綱、大関は雲の上の人でしたけど、いつか、闘ってみたいという思いが強くあった。
体が小さいから強くなれないという人もいたけど、
逆に小さいから人よりたくさん稽古をした(後略)」

―夢中で稽古を積んでいたころが、一番幸せだったと思ったりしませんか。

「うーん、どうだろう。
確かに、周囲があれこれ言わなかったからね。
昼寝してても、強い力士と自分が相撲をとってて自然と体が動いてたんだよ。
『おぉー、上手とって上手投げー』
ん?おいおい、なんだ俺、勝ったと思ったら寝てるじゃないかよって(笑)。
あのころは関取になるのが本当に夢だったからね。
大銀杏を結えるのもすごく楽しみだった。土俵入りもね。
今思うとね、足の親指から全部力が入ってくるんですよ。
一番大事なところだよ。足の指先からね、力が入ってくるんだ」

(スポーツグラフィック Number 10月14日号 文芸春秋社刊より)


夢の中でまで相撲をとっている、というのが凄い。
文字通り「夢中」で相撲に精進していたのがよく分かるエピソードだ。

一方、師匠高砂親方も、自らの著書の中で弟子の当時の稽古熱心さに言及している。
朝青龍はモンゴルから高校相撲の名門、明徳義塾に留学し、
そこで親方にスカウトされ中退して大相撲入りするのだが、当時の話から。



明徳義塾の相撲部監督は朝青龍について、
「とにかくひたすら稽古をするヤツだぞ」というので興味を持ちました。
高知にいる私の弟に偵察に行かせたら、「本当によく稽古をしていた」と言うので、
「よし。そんなに稽古好きな子が部屋に入れば、周囲にもいい影響を与えるだろう」
と決心したのです。

(中略)

当時の朝青龍の目は、本当にキラキラしていました。
入門してからも、誰に言われることなく率先して自分から稽古をするし、
稽古場で負けると悔しがって涙を流す。
今までそんな弟子はいなかったので、こちらが驚いたくらいです。

何しろいつも相撲のことばかり考えていて、
眠る寸前まで頭で相撲を取っていたといいます。
朝起きると左手でまわしを取った格好をしていた、なんていう話も聞きました。

(高砂浦五郎著「親方はつらいよ」2008年文芸春秋社刊より)



稽古で負けて涙を流す、というのは
朝青龍の異様なまでの負けず嫌いをよく物語っている。
さらに眠る寸前にはイメージトレーニングをしていた、という話まで。
その想像が眠ってからも夢の中に出てきて、
本人の回想のようなことになっていたのだろう。

若いときの稽古好きな面に関しては、
「天敵」とされた内館牧子女史すら言及しているほど。
朝青龍の横綱昇進時に、品格の面からはじめは難色を示していたこのお方。
(最終的に師匠が指導するとの条件付で認めたのだが)

今春出版された本の中でその理由を、こう振り返っている。



(横綱昇進)以前から土俵上での態度は決してよくなかったし、
相撲道にもとること、たとえば「ダメ押し」もやってたし、
記者さんに暴言を吐くのも日常的で、
横綱にふさわしい態度ではないという危うさはありました。
ただ、危うさと同時に私が買っていた部分もあって、
それがすごく一生懸命稽古をしているように見えたことです。
前頭の頃、呼ばれなくても稽古総見に来て、夢中でやってました。
往年のウルフのような鋭い目で、
マゲがほどけてザンバラ髪になっても夢中でぶつかっていって、
面白い力士になるだろうとは思ってましたね。

(内館牧子著「『横審の魔女』と呼ばれて」2010年朝日新聞出版社刊より)



この本の中で彼女は横審時代を振り返り、
稽古総見における横綱大関の出席率の悪さ、出席している力士の身の入らなさを散々嘆いている。
そんな内館さんの目を引くほど、平幕時代の稽古振りは異彩を放っていたのだ。

しかし続く一節は朝青龍の本質も見抜いていて


ただその激しさは危うさと表裏一体で、
千代の富士の場合は鋭い目つきであっても、
ガンを飛ばすとか、そういう下品さはなかった。
朝青龍の場合は、非常に魅力的なところもありながら、
間違うとどっちに走っちゃうかわからない、
暴走しそうな危うさは感じました。


果たしてその予感は的中してしまったわけである。

こうして当人や周囲の人々の証言を並べてみると、
朝青龍という稀有な力士がもっていた長所短所がだいぶ見えてくる。
それは本当に紙一重の部分で、どちらに転んでもおかしくないものだったのだ。




親方はつらいよ (文春新書)親方はつらいよ (文春新書)
(2008/07)
高砂 浦五郎

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内館 牧子

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Number 10/14号 朝青龍インタビューを読む(3)

朝青龍インタビューの続き。
今回はとかく物議を醸した「品格」問題について。

―相撲はスポーツではなく、日本古来の神事として始まった歴史があります。
横綱の中では、どんなとらえ方をしていますか?

「スポーツって言ったら、アマチュア相撲はスポーツになっちゃう。
でも、大相撲は伝統。スポーツと半々くらい、いや、伝統の方が多いくらい。
1500年も続いた歴史もある。でも、勝たないと伝統もないからね」

―その伝統の中に、「品格」も含まれますか。

「品格って言葉の深い意味はあんまり知らないけれども、
例えば言いたいことを言わない人間ばかりだと面白くないじゃないですか。
あなたも癖があるでしょ。みんな癖がある。
だってさ、泣く子は悪いって言うけど、みんな生まれてきたときは泣くでしょう。
そこからの成長が大事なんだよ(後略)」


呪わしい「品格」の二文字を突きつけられ、その意味についてはどうにも答えられず、
結局なぜ身につかなかったかを何とか自己弁護しようとする朝青龍。

自己流の品格論をここで滔々と述べてでもくれれば又ヒールとして株も上がるのだが、
いまさら言い訳を繰りかえしてしまうのが、どうにもこの人らしい愛嬌に満ちている。
だからこそ人気もあったのだろうけれど。

「品格」問題との関わりで個人的に興味深かったのは、
当初「悪玉」と認知されてきた朝青龍が、
相撲協会がマスメディアを通して失態を重ねるにつれ、
徐々に世論の中で「善玉」のような役割を担っていったことだった。

旭鷲山とのトラブルで車のミラーをぶっ壊したり、
酔っ払って高砂部屋の玄関を破壊していたころは、
まだ相撲協会や横綱審議委員会は善玉であり、
彼らを足蹴にするかのような朝青龍は稀代の悪玉であった。

ところが時津風部屋暴行事件、八百長問題、麻薬問題、理事選問題、野球賭博…と
協会の旧態振りや管理能力の低さが露呈するにつれ、
かつて「問題児」だった朝青龍は、
いつのまにか悪の巣窟日本相撲協会に牙をむく「反逆児」となり、
周囲の無理解に苦しむ悲劇のヒーローのごとく祭り上げられていった節がある。

実際のところ、相撲協会が組織としてどんなに問題があるにせよ、
朝青龍のこれまでの振る舞いが正当化されるものではない。
団体として管理が行き届いておらず、
その末端で死に至らしめるような暴力や麻薬の常習者が存在していたとしても、
核となる土俵上での力士の振る舞いを指導する資格がないという事にはならない。

警察はどんなに腐敗しても、その腐敗を正しながら日々の治安を守る。
文科省は痴漢をはたらく教師がいても、その教師を処分なり指導なりしながら
子どもを教育し続けていく。
同じ様に相撲協会も、管理体制の不備は不備としてこれを改革しながら、
土俵の充実はまた別個に進めていくことに何の問題もないはずだ。
(なんだか熱くなっているが)

それにしてもどうしてこんな捻じまがった現象が起きたのか。
ひとつには物事をことさら対立関係に仕立てたがる、マスメディアの影響だろう。
彼らは本来指導監督する側とされる側とにあった、協会や横審と朝青龍との関係を、
まるで敵同士のように見立てて面白がり、数字を稼ぐことに血道をあげていた。
まるで会社で上司が聞き分けのない部下を指導している横で、
第三者が楽しげにはやし立てるような、嫌らしい振る舞いにも思われた。

上下の師弟関係ではなく対等な対立関係と見立ててしまえば、
やがて上の者の不備な点が明らかにされると、簡単に攻守は入れかわる。
こうした流れに視聴者ものってしまったし、
見ようによっては朝青龍自身ものってしまったように思われる。

逆にいえば相撲協会にもスキがありすぎたのだろう。
世の人々がマスコミというおもちゃ箱にいつもストレスのはけ口を求めている中では、
どんな組織だってちょっとしたほころびから何時だって袋叩きにあいかねない。
そうした世の風潮を甘く見ていた協会は、記者たちにとって格好の餌だったようだ。

さらに捻じまがった状況を生んだのは、やはり「品格」というこの厄介な言葉だろう。
はじめ協会や横審が発していたこの大仰な単語は、
協会が醜態をさらすにつれて、返す刀のようにその身に突き刺さってきた。
つくづく因果な言葉であった。

わたしは一相撲ファンとしては、
面倒な品格論争など正直どうでもよかった。
過去の横綱たちがみな品格に満ちていたかといえば、
そうでもなかったように思われるし。

朝青龍にはただ「おすもうさん」らしく、
勝っても負けても坦々と振舞ってくれさえすれば
それで十分だったのだが。


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Number 10/14号 朝青龍インタビューを読む(2)

雑誌Numberから、朝青龍インタビューの続き。
引退を決定付けた理事会での喚問の席で、
言い分にまるで耳を傾けてもらえなかった朝青龍。
その理由を当人はどう思っているのか、インタビューアーが聞いている。


―それはなぜだと思いますか。

「多分ね、朝青龍みたいな人間って、あんまりいないと思うよ。
自分の土俵での振る舞いはオーバーなところもあったかもしれないけど、ただのパフォーマンスじゃないの。
相撲界の人間関係として、真面目な子、素直にハイハイっていう子が好かれるんだろうけど、
自分は好きじゃない。
人に合わせて相撲を取るわけじゃないからね。
人の気分に合わせて相撲を取るなんて冗談じゃない。
相撲はね、一瞬に命を賭けるものなんだ」


散々非難された土俵上でのオーバーな振る舞いは、
朝青龍にとっては「ただのパフォーマンス」でしかなかった。
しかし彼を批判する側にとって、
それは土俵の美学を破壊するものであり、
長く親しんできた大相撲の雰囲気を台無しにするものだった。

相撲協会、横綱審議委員会、親方、マスコミ、
あらゆる方面から指導や非難をうけながら一向この人が変わらなかったのは、
この認識の違いが根本にあったのだろう。

さらに考えさせられるのは、
朝青龍の言い分は最初土俵上の所作のことを話していながら、
それが土俵を降りてからの人間関係に移り、
最後には軍配がかえってからの勝負そのものに話がスライドしているところである。

つまり彼にとっては全てが一緒だったのではないだろうか。
軍配がかえってからの一瞬に命をかけた戦いと同じ様に
土俵を降りてからのあらゆる指導・批判にも、模範として押しつけられた土俵上での立ち居振る舞いにも、
命を賭けて立ち向かってしまったのではなかろうか。
意地の悪い見方かもしれないが、そんな気がしてならない。


また土俵上での振舞い、つまり勝負前勝負後の礼儀作法も、
軍配がかえって勝負が決まるまでの戦いそのものも、
この人にとっては一様に同じものだったのかと思うと、
つい考えさせられる。

大相撲の魅力は人それぞれにあるだろうが、
土俵上の所作に関する限り、
私は根本的にはその「チラリズム」が見るものを引きつけるのだと思う。

両力士が土俵に上がる。
互いに闘志はあっても、あくまで二人は決められた所作を坦々と遂行していく。
しかし決められた所作の中の目の色、表情、仕切るタイミング、塩のまき方、
そこに垣間見える力士たちの心の動きを想像しながら、
ファンはあの一見単調な儀式を楽しむのではないか。

そして軍配がかえるや否や、
静かだった両力士は突如猛獣のように組み合い、
それこそ朝青龍のいうように、命を賭けた一瞬の勝負を繰りひろげる。

しかし勝負がついたその瞬間、
二人は何事もなかったように自陣に引き返し、
誇る気持も口惜しい気持も押し殺して互いに礼をし、
静かに去ってゆく。

ちょっと理想的に書きすぎた嫌いもあるが、
こうした静→動→静のコントラスト、合間の一瞬の格闘、
あるいは仕切りという静の中にふと見え隠れする力士たちの思い。
本来持っている闘争心は一連の儀式の中で徹底的に抑圧され、
抑圧されているだけに、チラリと見えた瞬間それが貴いものに映る。
それが大相撲の魅力の一端ではないだろうか。

チラチラしているから良いのである。
街中を丸裸で歩く異性がいても人は興奮しないのと同じことだ。
(まあ、するかもしれないけど)

ともあれ勝敗がついたのにダメを押したり、
勝ったあとで観衆に向って土俵上からガッツポーズをしたり、
判定に不服だからとさがりを相手にぶつけたりといった行為が
しらけて見えたのは、こうした大相撲の魅力をぶち壊していたからだろう。

テレビで時折アマチュアの相撲が放送される。
みな平気で土俵の上でガッツポーズも取るし、
土俵を降りたら下で向かえる仲間たちと笑顔でハイタッチをする。
昔はチリを切りながら大声で「ターッ」と気合を入れるものもいた。
彼らのしていることは大相撲に比べてひどく安っぽいものに見える。

それは単に外見やレベルの違いだけから来るのではなく、
大相撲のような厳然とした作法がないせいだろう。
そうした魅力をまるで理解せずに
「ただのパフォーマンス」としか自分の振る舞いを認識できていなかった朝青龍。

つくづく残念だった気がしてならない。



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ジャンル : スポーツ

Number 10/14号 朝青龍インタビューを読む(1)

スポーツ誌Numberに朝青龍の独占インタビューが出ていた。
今月はじめの断髪式前に行なわれたものだ。
いろいろと考えさせられる発言が多いので、ちょっと紹介。

インタビューのはじめは、今年2月4日の出来事から。
この日、暴行事件で理事会の事情聴取を受け、
引退さもなくば解雇という重い決定を突きつけられた朝青龍は、
やむなく自ら身を引くこととなった。

――事情聴取を受けた直後の引退表明は、唐突な印象を受けました。

「相撲界やいろんな人に迷惑をかけたことをきちんと謝罪して、
これからのことを伝えようと理事会に行ったんです。
自分はずっとこの道しかないって思ってやってきましたから。
初場所で優勝して次の場所も楽しみだって思ってました。
優勝回数も歴代で3番目にはいってきて、
32、3歳まで現役をやれば最高の記録が作れるって思いもあったから」


当時のマスコミは、いよいよ朝青龍もおしまい、という雰囲気であった。
初場所中に写真誌で、マネージャーを殴ったと伝えられていた暴行騒動。
これが場所後になって実は一般男性が被害者だったことが発覚。
外部役員や横綱審議委員会の委員長らが動きだしたのを受けて、
メディアは悪童の最後を楽しみにしているような論調だった。

マスコミの動きに敏感といわれる朝青龍が、それを知らないわけがない。
にも関わらず理事会に対しては前向きな気持で臨んでいたという。
過去幾度もの問題行動も、力士生命に関わるところまでは結局お咎めもなかった。
ある意味タカをくくっていたのかもしれない。

そしてインタビューの続き。

――でも、まったく違う展開になった?

「本当に2、3分のやりとりでぜんぜん違う方向に行ってしまった」

――2、3分で?

「そう、今からだと笑うしかないよ。
ほんのちょっとしたやりとりだけで私の思いが消された。
理事会の人たちは話を聞き入れてくれなかった。
今でももうちょっと、聞くべき事を聞いて欲しかったという思いはある。
でも、彼らには通じる耳がなかった。
聞く耳がなかった」


警察からの事情聴取もまだだったこの段階での処分は、確かに拙速な印象があった。
事実関係もはっきりしていない中、横綱審議委員会は引退勧告を出し、
それを受けた理事会も引退もしくは解雇、という最後通牒を朝青龍に突きつけた。
もう少し時間をかけて調べてもよかったのでは、とも思う。

しかし当時の相撲協会は、
以前からの朝青龍騒動、麻薬問題、さらには前月の貴乃花理事選立候補騒動で、
時代遅れな上に危機管理もできない団体であると、世間の評判は散々だった。
そこへ来て問題児がとうとう一般人に暴力を振ってしまったらしいとの事で、マスコミは大炎上。
早急に火を消しとめ、世間の信頼回復を図る必要があった。

唐突にも見えた引退は、そうした空気内でのことだった。
ここは朝青龍に同情してもいいところである。
しかしその先を読むと、安易な同情も出来ないからこの人は難しい。




長くなるので続きはまた明日書きます。


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プロフィール

うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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