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北の富士さんが白鵬の連勝に結構冷淡なこと

毎場所前にNHKから発売される雑誌「大相撲中継」。
名物連載である北の富士さんの場所展望、
毎号テレビ中継より率直な物言いでかなり面白いのだが、今回はいつにもまして舌好調。
大関がふがいないから優勝争いがちっとも盛り上がらない、と
ひとしきりぶったぎった後で、白鵬について。

九州場所の見どころということになると、はっきり言って前半だけでしょう。
七日目で69連勝になって、中日で70連勝。興味が持てるのはそこまで。
仮にそれ以上連勝が伸びたとしても、あまり興味はないね。
双葉山の記録がこれまで何十年も続いてきたのだけど、
それを抜いてしまったら、もうどうぞご自由にという感じですよ。
白鵬が69連勝を超えるかどうか、私にとっては、妙な、ちょっと複雑な気持ちだね。
仮に日本人の力士が双葉山を抜くというのであれば
もっと違った感覚があるかもしれない。
でも、そう思ったとしても日本人からはそういう力士は出てこない。
白鵬はそういう運命のもとにいるのだと思いますよ。

モンゴル人である白鵬が神様双葉山の記録を抜くことについて、
中継のなかでもあまり芳しいコメントはしてこなかった北の富士さん。
しかしここまで率直に言われると驚く。

相撲ファンとしては、確かに本音だよなあ…と思える部分もある。
私自身もちょっと前にこんなことを書いているし。
ただここまであからさまに言ってしまうのは、白鵬に気の毒ではないか。
外国人力士にとって、大相撲はどんなに努力しても所詮主役にはなれない世界…
というのもちょっと非情な気がする。

もっとも北の富士さんがこの連勝記録に冷めているのは、
白鵬が外国人であるからということだけではないようにも映る。
「そういう運命のもとにいるのだと思いますよ」というセリフがちょっと気になるところだ。
記事の発言をところどころ拾うと


「千代の富士の53連勝のときは、もっと熱かった。
でも、あの時代の力士たちと今を比べると役者が全然違うもん。
(中略)相撲内容も今よりももっと活気があった」

「琴欧州や把瑠都は大関に昇進するときは勢いがあったけど、
上がってからは全く魅力が感じられない。
体が大きいだけだから、ただの木偶の坊だ」

「要するに、ひと言でいえば、みんなけいこが足りないんだ」

と述べて、
今の力士は太りすぎで自分の体を持て余している、
だから攻防のある相撲も一日何番もない、
幕に入るとぶつかり稽古もちゃんとやらなくなっている、
最近の稽古は質も内容も落ちた、等々苦言を呈して

白鵬が千秋楽のインタビューに答えて
「運というのは努力した人間にしかこない」とか言ってたけど、
はっきり言って、白鵬だってそんなにけいこをする方ではないよ。
ほかの力士よりは多少は多いかもしれないけどね。


北の富士さんが冷めているのは、白鵬が外国人であるためだけではないのだろう。
現在の大相撲が力士の大型化やけいこの不足でレベルが低下し、
その中での連勝記録であるため、あまり価値を見出せていないように思える。

私が最初に相撲を見始めたのは小学生のころで、
ちょうど千代の富士時代の幕開けだった。
千代の富士と若島津の粘っこい大相撲などを、狂喜しながら見ていた世代である。
当時にくらべると確かに最近の相撲は大味で、淡白なものが多い。

最近ベースボールマガジン社が
明治からの大相撲を振り返るDVD付ムックのシリーズを出している。
(北の富士さんの記事を読んでいると、はっきりとは書いていないが、
この人もこのシリーズを見ているのではと思われる箇所がちょっとある)

これを見ると、自分が相撲を見始める以前の取り組みも楽しめる。
やはり栃若、柏鵬、貴輪、輪湖といった時代の相撲は攻防があって面白い。
自分が見ていた千代の富士の時代も今とくらべ全体に動きがシャープで見ていて楽しい。
特に前捌きの激しさ、おっつけの力感、互いの反応のスピードなどは現在とは段違いである。
果たして白鵬と当時の横綱たちが戦ったらどちらが勝つか、どちらがレベルが高いか、
そこまで素人目には分からないが、
千代の富士なら白鵬の左前ミツを簡単にとってあっさり勝てるんではないか、
白鵬が胸を合わせようとしても、そうはさせまい…などと妄想してしまう。

果たして大相撲はかつてのような躍動感を、再び取り戻せるのか。
私個人は、大きいだけが脳じゃない、ということを証明してくれる人が頂点に立ってくれれば、
徐々に流れも変わるのではと思っている。

その意味では稽古熱心で知られる日馬富士に期待しているのだが…
最近の膝から来る不調は残念でならない。
やはりああも周りが大きいと、体のダメージは大きいのかな。


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ミヤネ屋に裏切られたがまあいいや

きのう日テレで放送された「ミヤネ屋」。
白鵬のインタビューがあるということで、結構楽しみにしていた。
わたしが特に期待していたのはこの記事で紹介されていた以下の部分。

白鵬は、宮根誠司キャスター(47)と初対談。
その中で、自分が伝説の記録を更新していいものか、
元横綱・大鵬の納谷幸喜さん(70)や、
宮城野部屋に入門する前に相撲を学んだ大阪・摂津倉庫の浅野毅会長に相談したことを明かした。

「秋場所で優勝したときに大鵬親方から電話がありまして、
そのときに自分が超えていいものか、と相談しました」と白鵬。

その理由を「双葉山関(の相撲道)を感じつつあるんだけど、
自分がそこまでたどり着けるかどうかは分からないので」と説明した。

納谷さんからは「これから白鵬があこがれの横綱にならなきゃいけないし、
自分はその数字に近づこうと思ってできなかったし、頑張ってほしい」と励まされたという。
「昭和の大横綱」からのゲキを受け、白鵬も一念発起。「69連勝は超えたい」と高らかに宣言した。



「自分がそこまでたどり着けるか分からない」というのは、
ちょっと意地の悪い見方だが、違うのでは…
モンゴル人として「相撲の神様」とすら言われる人の記録を破ることに対し、
少なからぬ周囲の反発を感じての相談だったのでは…
そう私は勘繰っていた。
悩める白鵬を映像で見たい、と思った。

そこでちゃんとタイマー録画して、
夜帰宅後ワクワクしながら観たのだが…

そんな話題ひとつもでてこねえ。

番組の内容は、白鵬の生い立ち、摂津倉庫で最後に拾われたこと、新弟子時代の苦労を紹介しつつ、白鵬の勝負に臨む心構えをインタビューで紹介。
「双葉山さんは勝ちに行かない相撲をとっていたらしい…」
「勝つと思うな思えば負けよ…」

すでに他のメディアで紹介された話を一通りしたあと、
インタビューアーの宮根さんと白鵬が手押し相撲で遊んでおしまい。

肝心の話が全然ねえじゃねえか。

大いに落胆した。

司会の宮根さんが最後にスタジオで、
今回放送した以上に話はたくさんあったのだが、それはまた別の機会に…
といった内容の事を話していた。

つまりスポーツ誌のサイトにあった件は、今回カットされたのだろう。
一番面白い話なのに、何故?

人によっては(私のような人だが)
「白鵬は双葉山を抜くことを躊躇している!」と取られかねないからだろうか。
今回の特集は白鵬や大相撲に対し非常に好意的なものだったので、
白鵬の現状に対しネガティブな印象を与えかねない部分は控えたのかも知れない。
それならそれでいいのだけれど。

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文芸春秋10月号・白鵬インタビューを読む(4)

インタビュー前の7月場所、
白鵬は同じモンゴル出身の時天空と中日で対戦し、
薄氷の勝利を収めている。

巻き変えの応酬から白鵬が右四つに組みとめ、
体を開いて左から上手投げを打ったところ、
時天空は右足で白鵬の左足を跳ねあげ、下手掛け投げで応戦。
両者もんどりうって土俵下に転落したが、
時天空が先に手をついてしまい、かろうじて白鵬が勝ったこの相撲。
みずからこう振り返っている。

「(土俵際で)あー、行っちゃったって感じだった。
(自分の体が)浮いてたからね。飛んでたんですよ。
時天空の手が(土俵の外に付くのが)見えたけど、死に体っていうのがあるからね。
自分も飛んでたから、『もう一丁』(取り直し)かと思った。
軍配見て(自分の方を指してたので)飛ぶ前に、時天空の手が付いたってことなんだよね」



取り直しを覚悟していたらしい。
それほど際どい勝負だったわけだが、
つづけてこう語る。

「(モンゴル人力士は)ほんとにいろいろやってくるから嫌だね。
彼らのお父さんが、モンゴル相撲の幕内、小結、関脇なの。
みんなちっちゃいときからやってるから、時天空も、そうだね」



モンゴル人力士は…というのはインタビューアーの注釈によるものだが、
文脈からして疑いようがない。
逆にいえば日本人力士はあまり大したことはやってこない、
という印象が白鵬にはあるのかもしれない。
このインタビューの中でそうした言及は特にないのだけれど、
考えられることではある。

総じて今の上位にいる日本人力士は(安美錦を除けば)、
白鵬に対しあまりに正攻法で挑んでいる。
せめて連勝中の横綱と対戦する時くらいは、
ケレン味たっぷりに思い切ったことをやってみてもいいのでは、と思うことが多い。

まあ稀勢の里などは離れた正攻法の相撲でそれなりに善戦している。
この人は今のままでもよい気がするが、
栃煌山や豊真将、琴奨菊といったあたりは、
まともに行き過ぎて返り討ちをくらっている印象がある。
張りざしに負けずに左を差して…と頑張っているのだろうけど、
見る側からすればがっかりする相撲が多い。

もちろん相撲のタイプからして
そう器用な真似をやってくれる人たちではない。
しかし逆にいえば、彼らのような正攻法の力士が
「立ち合いまさかの変化」「立ち合いまさかのけたぐり」を敢行すれば、
あわや、という場面も生まれるかもしれない。
まあ、生まれない可能性のほうが相当高いのだが…

少なくとも観客や視聴者は沸くだろう。
暴論ではあるが、どうせ負けるのなら、
ファンサービスと割りきって、何かやってほしい。




とりあえずこのシリーズはこれでおしまい。

明日は(というかこれを書いてるのは深夜なので、もう今日だ)こんなのがあるらしい。

大相撲がワイドショーに全うな話題で取り上げられるなんて…
ちょっと嬉しい。


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文芸春秋10月号・白鵬インタビューを読む(3)

昨日書いた話はどうも難しいので、また日を改めて。
今日はインタビューの別な部分を。




双葉山を尊敬している、というのは白鵬が常々語っているところ。

「大阪の溜会(後援組織)の会長が、八十四、五歳なんですけど、
双葉山を(直接)知ってるんです。私が(双葉山に)似てたみたい。
私が関脇のころですかね、いろんな話をしてくれて。
聞くだけ聞いてたけど、(最初は)よく分らなかった。」



三役のころの白鵬は、双葉山よりむしろ貴乃花フリークだった印象がある。
中継のさなか、仕切り時間にアナウンサーが
「今、白鵬はよく横綱貴乃花のDVDをよく観ているそうです…」と近況を紹介する。
すると土俵上の白鵬は、いかにもといった調子で
あの遠くを見つめるような独特の表情を真似ている。
わたしは「うわぁ、なりきってる」と思いながら冷ややかに観ていたものだった。
(嫌な相撲ファンだ)

しかしそこから、
どんな相手も慌てず捌き、最終的には自分の形に持っていく貴乃花の横綱相撲を
自分のものにしていったのだから凄い。
形から入るタイプの人なのだろう。
もちろん日頃の稽古という基盤があってこその話なのだが。

で、インタビューの続き。

「でも、横綱に昇進してから、興味を持ったんです。
本とか、ビデオで、ああ、すごい人だなと。
自分が体験して、横綱の地位に上がらないと分からないことがあるじゃないですか」



二場所連続優勝を果たし、新横綱として登場した平成19年の7月場所。
白鵬は前場所の全勝優勝から順調に白星を連ねていくが、
10日目琴光喜に敗れると人が変わったように突然調子を落とし、結果的に11勝4敗。
星三つもの差で朝青龍に優勝を譲っている。
張り詰めていたものがプチンと切れたのだろう。
このあたりが「横綱の地位に上がらないと分からない」ところなのかも知れない。

克服のため、白鵬はどうしたか。
やはり形から入ったようである。

「(一番学んだことは)双葉山さんの普段の所作だね。
(取組前でも)今から戦うという人間の顔じゃないんだよね。
連勝記録中の横綱と言ったら、普通は緊張感が顔に出ちゃうじゃないですか。
(当時の)ビデオとか見てると、双葉山さんには、まったくそれがないよね」



たしかに双葉山の映像を今日目にすると、本当に飄々とした印象がある。
白黒で画像が荒いから、という訳ではない。
おそらくハイビジョンで観ても同じ印象を与えていたことだろう。
今の白鵬が目指しているのは、あの雰囲気なのだ。

確かに横綱となって時がたつにつれ、
仕切っている時の白鵬からは貴乃花くささ(といっては失礼なのだが)も薄れてきた。
坦々と仕切りを繰り返しながら時間一杯を待つあの顔は、
双葉山のそれを意識してのものなのだろう。

もちろんあの独特の、菩薩のような表情には至っていないが、
白鵬なら本当にいずれ到達しそうだ。



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文芸春秋十月号・白鵬インタビューを読む(2)

昨日に引き続き白鵬のインタビュー記事から。

このインタビューは7月場所後におこなわれたもの。
当然、例の不祥事で協会が天皇賜杯を辞退した件にも話が及んでいる。
賜杯のない表彰式に、優勝力士の白鵬は涙を流していた。

「天皇賜杯をなくすとかさ、相撲が国技でなくなっちゃいますよね。
それを勝手に無くしてということはね、国技を自分たちでつぶそうとしている、
この国終わろうみたいな、そう言ってるように私は思ったの」



土俵上でひたむきに相撲を取り、勝ち続ける白鵬。
一相撲ファンとしては彼の活躍を素直に賞賛したいし、実際立派な横綱であるとも思う。
実績はすでに大横綱のそれであるし、人格や立ち居振る舞いも、
結果的に反面教師となった先輩の存在もあってか(?)見事なものだ。
だが一方で、私の中の狭量な部分は、モンゴルの青年が大相撲のトップに立ち、
双葉山の記録を塗りかえようとしていることに違和感を抱いてもいる。
彼の活躍をどう受けとめていいのか、正直迷うときもある。

特にこうしたコメントは、日本人の一番敏感な部分に触れているからか、
違和感が一層はなはだしいものになる。
天皇賜杯が無くなることは国技大相撲の根幹を失うことであり、
それはこの国の根幹をも失うことなのだ…
おそらくそうした事を白鵬は言っているのだろうが、
こうあっけらかんと言われると、若干の気恥ずかしさもある。
それはそうかも知れないけど、まあ建前の部分もあるだろうし…
あんまり大げさに言わないでよ、という思いもなくはない。

しかし一方、母国を離れわずか10年で、
異国の伝統芸能ともスポーツともつかない不可思議な世界で頂点を極めた青年に、
そんな微妙なメンタリティーを理解せよというのも無理な注文であるのは分かる。
なおかつ異文化を吸収しようとするその姿勢もあまりに真摯なだけに、
どうにも彼のことは否定しがたい。

「(モンゴル人は)歴史とか映画とかでチンギス・ハーンのことを学びます。
チンギス・ハーンはモンゴル(という国)の代表だし、王様だよね。
天皇陛下はこの国のシンボルであり、一番トップ。なくてはならないお方だと思います」



でもこういうコメントがあると、また難しい。
チンギス・ハーンと天皇とはちょっと違うんだけど…
まあシンボルといえばシンボルだからなあ、同じようなものかなあ、
でも違うよなあ…

「国技というのは、文化と伝統そのものでしょう。
モンゴルの国技は、ブフ(モンゴル相撲)だけじゃなくて、(競)馬、弓(射)の三つある。
相撲は、この国の伝統と文化に通じてると思うし。
お相撲さんは、ちょん髷付けてるわけですよ。
昔はサムライ(の国)ですからね。サムライであることを忘れちゃいけない。
天皇賜杯を抱いて終る。それが相撲ってことじゃないですか。
相撲がなくなれば、この国は終わると思ってるから」


「国が終わる」という表現は捉え方も様々だが、
ちょっと冷めた姿勢で彼の発言を捉えれば、
別に相撲が無くなったって日本が駄目になるわけないじゃん、とも思える。
アンチ大相撲で盛り上がる昨今の世論からすれば、
むしろ無くなってほしいと思う人も多いのかも知れない。
私は嫌だけど。

ただ大相撲が無くなれば、プロのスポーツは全て外国由来のものとなる。
それはどこか寂しいし、その寂しさが肝心なところなのかも知れない。
(百年も経って人が入れ代わればそれが当り前になるよ、という論もあるだろうが)

白鵬自身はどういう思いで、こうした大仰なセリフを言うのだろう。
白鵬は外国からやってきて、十年間ひたすら大相撲の世界で生きてきた人である。
数多くの日本人に対し、良い思いも悪い思いもあまた抱いてきたことだろう。
その中でもし彼が日本人の美徳のようなものを幾らかでも味わったなら、
それが心の中で土俵の美学と密接に結びついていったとしても、不思議ではない。
もし彼が日本人を素晴らしい国民だと感じているなら、
それが凝縮されたのが大相撲の世界なんだという信念を抱くのも自然なことだろう。

何だか難しいテーマに触れてしまったようで、とりあえず今日はここでおしまい。
ううむむ。

テーマ : 大相撲
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プロフィール

うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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