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春場所三日目

いまさら春場所を振り返るシリーズ。
今日は三日目。


大関戦のつづく千代大龍。
初日鶴竜に敗れ、二日目は琴奨菊に勝って一勝一敗。
この日の相手は琴欧洲。

○千代大龍<前二・2-1>(したてひねり)琴欧洲<大関・1-2>●

立ちあい千代大龍突いて出るが、琴欧洲も突っぱって応戦。
すると千代大龍左の上手をひいて頭をつけ、体をひらき出し投げで大関を泳がせる。
大関これはふんばって右をねじこみ相手の上手を切り、
自分の左の上手は取れてないけどまあこれでいいやとヤミクモに前にでるいつもの自滅パターン。
千代大龍はこれに乗じ右の下手を引き、土俵際でぐいっとひねりたおす。
左からの突きおとしともあわさってお見事。

突き押しのイメージが強かったので、案外器用なのだなと感心。
本人あこがれの千代大海は四つになると相撲にならなかったが、
この辺はアマ二冠の実績もあって断然千代大海より上である。


ここ三場所8勝7敗の星が続いている琴奨菊。
二日間1勝1敗で、今日の相手は栃煌山。

○栃煌山<小結2-1>(すくいなげ)琴奨菊<大関1-2>●

立ちあい琴奨菊左右からはさみつけるように出るが、
脇があまく栃煌山に簡単にもろ差しをゆるす。
栃煌山そのまま前進し、土俵際おいこんでからの左すくい投げで完勝。

大関にあがるころの琴奨菊は、
左をさし、右は相手にさされても、
相手の肘から下をがっしりとおっつけてロックできていた。
今はそれがちっともできていない。
おととしの九月場所、琴奨菊が大関昇進を決めた場所だが、
当時は栃煌山も安易に左をさしにいく事を警戒したりしていたほどだ。
この日の相撲では何の躊躇もなく左をねじこみ、やすやすと肘まではいっている。

当日解説だったマシンガントーカーの秀ノ山親方は、
琴奨菊の立ちあいの角度の高さを指摘している。
また左四つなのに差し手側の左足から一歩目を踏み出す、
悪い癖なども熱弁していた。

最終的にこの場所も、琴奨菊は8勝7敗と振るわなかった。


結びの一番では日馬富士が高安に金星を献上。
もろ差しと絶好の形になりながら、前に出たところ相手の強引な左つきおとしに横転。

翌日のスポーツ紙の記事。

日馬富士 金星献上に余裕、土俵入りはスムーズ「集中しすぎた」 (スポニチ)

13年初黒星を喫しても、日馬富士の表情には余裕があった。「相手も強くなっている。優しく出そうとした。あいつ、いいやつだし」と、油断を敗因に挙げた。

自身が敗れて座布団が舞ったのは初体験で「少しうれしかった。(横綱として)認めてくれているんだと思った」。2日連続で間違えた土俵入りがスムーズに行えたことにも触れ、「あれに集中しすぎたかな」と苦笑い。敗戦のショックは最後まで感じられなかった。


油断、ということでこの日の相撲は片付けられている。
たしかにそれもあったろうが、場所後半でみせた足腰の軽さを思うと、
あながちそればかりでも無かったような気がしてしまう。
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春場所四日目

春場所を振り返るシリーズの四日目。


●稀勢の里<大関2-2>(つきおとし)栃煌山<小結3-1>○

立ちあいは稀勢得意の左四つ。
しかし角度の鋭さで煌山まさり、左差し右おっつけでグイグイ前へ。
あわてた稀勢、土俵際、左へまわりこみつつ左からすくって右の上手をねらう。
煌山左のカイナをかえしてこれは嫌い、
さらに右から強烈におっつけて稀勢の左を完全に封じ込めて再び前へ。
稀勢がこらえて左をさしに来たところで、タイミングよく右からのつきおとし。

左四つなら稀勢の里の格好であろうが、
完全に栃煌山のいいようにやられてしまった。
背筋をピンと伸ばし、腰をぶつけるようにして自分の体勢を作ろうとする。
それが稀勢の里の四つ相撲。
相手によっては危なくて見ていられない。


●日馬富士<横綱2-2>(ひきおとし)千代大龍<前二3-1>○

立ちあい千代強烈な左のカチアゲで横綱をつきあげ、すかさず引き落とす。
横綱、わかっていたはずなのにあっさり食らう。

千代大龍お見事初金星、ではあったのだが、
日馬富士もあんまり軽すぎた。

日馬富士の状態について、場所後である今日になってこんな記事も。

日馬富士、右足首じん帯切れていた(デイリー)
大相撲の春巡業の2日目となる姫路場所が1日、兵庫県姫路市立中央体育館で行われた。同巡業は、市内の播磨国総社で20年に一度行われる祭礼「三ツ山大祭」(3月31日~4月7日)に合わせて計画された。

横綱日馬富士が、痛めている両足首の状況について明かした。朝稽古では新入幕が濃厚な十両千代鳳に胸を出したが、申し合いは回避。「(右足首の)じん帯を2つ切っている。足首は使うから、どうしても治りが遅くなる。稽古は好きだから我慢するのもイライラする。それが一番辛い」と説明した。

10年九州場所の2日目に右足首を負傷し、4日目から休場した。その後は電気治療、マッサージ、湯治、漢方薬治療と、あらゆる手を尽くしているが慢性化している。春場所では9勝6敗に終わった。「言い訳になるから」と、けがのせいにはせず「来場所頑張ります」と再起を誓った。


もともと痛めているところで、その調子がかなり悪かったと。
体の小さい人だけに、
コンディションの如何で成績はジェットコースターのように乱降下を繰りかえす。


白鵬はこの日、先場所黒星をきっした妙義龍をあっさり退ける。
右からの張り差しにつけこまれた前回の対戦を踏まえたか、
低くあたって左前ミツをとる本来のスタイル。

祝、曙角界復帰!

蒼国来の復帰もめでたいニュースですが、
その影でこの人も、という嬉しい話題が。

曙10年ぶり“角界復帰”師範代として招へいへ(デイリー)

大相撲の東関部屋(東京・墨田区)が、11回の幕内優勝を誇る元横綱で現プロレスラーの曙太郎(43)を夏場所(5月12日初日・両国国技館)までに師範代として正式に招へいすることが、2日までに分かった。

春場所後から稽古場に、師範代として先代東関親方(元関脇高見山)、先代中村親方(元関脇富士桜)のしこ名に加え「曙」の木札が掲げられた。曙の弟弟子だった東関親方(元幕内潮丸)は、昨年末から招へいに意欲を示しており「4月下旬に正式に決まると思う。夏場所までに一度稽古を見てもらいたい。2人の師範代からも了承は得ているし、横綱も『うれしいです』と話しています。先に木札を掲げて気持ちを表しました」と説明した。

師範代とは力士のコーチ役。日本相撲協会の許可は不要で、部屋が独自に選出できる。2003年11月にK‐1参戦のため協会を退職した曙。10年ぶりの“角界復帰”が確実となり、部屋付き親方の振分親方(元小結高見盛)も「たくさんのことを教えていただきたい」と歓迎していた。


もともと指導力では現役時代から定評のあった人です。
しかし親方株の取得が思うようにいかず廃業。
K-1でボブ・サップにノックアウトされた時は、
どうしてこの人がこんな真似をしなければならないんだろうと、
相撲好きとしては悲しく思ったものでした。

親方株が買えなかったのは、当然資金があまり無かったためでしょう。
外国出身力士は日本人の力士にくらべ、タニマチが付きにくいと言われます。
加えて曙は人がよく、金銭にルーズなところがあった。

昨年の雑誌「相撲」2月号では、勝ち相撲の帰りに付け人と食事にいった際、
店のまえで残飯をあさっているホームレスに同情し、懸賞金の束をポンとくれてやった…
なんてエピソードが紹介されています。
たまたま居合わせた警官には厳しく注意されたそうですが、
本人はその後とても気持ちよく食事をいただいたのだとか。

そんなお人よしに部屋の経営ができるか、という声もあるのでしょうが、
そんな人が残れない角界というのも、また寂しい。
「親方」ならぬ「師範代」ではあっても、初代の外国出身横綱として、
大相撲に貢献してくれることでしょう。
めでたしめでたし!

…とはいいながら、
これほどの功労者が廃業に追いこまれちゃった
親方株の制度って何なの?という思いもあったりなかったり。

北の湖理事長が還暦とは

今年5月に60歳となる北の湖理事長。
還暦土俵入りを行うそうで。

北の湖理事長「足が上がらない」還暦土俵入りへ綱打ち(スポニチ)

6月9日に東京・両国国技館で行われる還暦土俵入りで、日本相撲協会の北の湖理事長(元横綱)が締める綱を作る「綱打ち式」が東京都江東区の北の湖部屋で行われた。還暦土俵入りは07年6月の武蔵川親方(当時、元横綱・三重ノ海)以来9人目で、理事長在任中では二子山理事長(元横綱・初代若乃花)以来4人目。

稽古場に、出羽海一門や近隣の大嶽部屋から親方や力士ら約40人が集まり、紅白のねじり鉢巻きをして「ひい、ふの、み」と大きな声を掛け約4メートル、約10キロの綱を作り上げた。赤い綱を締めて雲龍型の所作を披露した北の湖理事長だか、四股ではふらつく場面も。「足が上がらないし、現役時代と違う。四股とそんきょが心配だから、少し膝を鍛えておかないといけない」と苦笑いを浮かべた。本番では太刀持ちが九重親方(元横綱・千代の富士)、露払いは貴乃花親方(元横綱、スポニチ本紙評論家)が務める。



北の湖が四股でふらついた?
映像がこちら。



ぷぷっ。
現役時代の、あのむっちりと重みのある四股を踏もうとしたら、
腰がたえられなかったという絵ですね。
まあ練習なので、これから二ヶ月のあいだに仕上げていくのでしょう。

私が相撲に興味をもちはじめた小学生のころ、
この人は横綱としてまだ現役でした。
もう下り坂の時期でしたけど。

子どものころに初代若乃花、当時の二子山さんや、
栃錦、当時の春日野さんの還暦土俵入りをテレビでみた記憶があります。
もちろん現役時代を全然知らない人たちです。
こんなヨボヨボの爺さんたちがほんとに強かったんだろうかと、
失礼な思いで見ていました。

しかし今や北の湖が赤い綱を締める時代になった。
おれも年をとったものだ…(しみじみ)

不安定な横綱、というのも私は好きです

日馬富士が29歳の誕生日を迎えたとか。

日馬富士、29歳誕生日に誓った!「安定感」出す(報知)

大相撲の茨城・水戸巡業が14日に行われ、29歳の誕生日を迎えた横綱・日馬富士(伊勢ケ浜)が、新しい1年の目標に「安定感」を挙げた。新横綱になった昨年の九州場所以降9勝6敗、15戦全勝優勝、9勝6敗と波が激しい。「安定した横綱でいたい」。文句のつけようがない成績を残すと誓った。

両足首のけがのため、この日は申し合いを回避。稽古場から戻ってきた支度部屋で、報道陣から誕生日ケーキを贈られると笑顔を見せた。「29歳はアスリートにとって終盤という感じがする。でも、若いときは戻ってこないので、これからの1日1日を大切に素晴らしい年にしたい」。20代前半より、深酒した翌日の疲れが取れにくいと苦笑も、まだ老け込む気はない。



たしかに好不調の波が激しい人です。
安定感のなさを散々指摘されて、本人も反省しきりの様子。

ですが個人的には、
朝青龍、白鵬と抜きんでて強い横綱の時代がず~っと続いたので、
正直「強い横綱」には飽き飽きしています。

そりゃ白鵬とともに二強として君臨し、
毎場所二人が優勝を争うような流れがあるべき姿なのかもしれません。

でもねえ、そういう時代って実際にはあんまりないし、
たまにあってもなかなか長続きしないし。
「あるべき姿」を基準に現状を腐すのって楽しくないし。

取りこぼしが多かったり、成績が乱降下したりしてもいいから、
たまに目の覚めるような活躍を見せてくれる、
そんな「弱い横綱」でも日馬富士はいいです。

体も小さく、鋭角的な立ち合いが生命線のこの人は、
どうしたって下半身のコンディションに成績が左右されてしまう。
調子の悪いときは張り差しでごまかして目の前の勝ちをもぎ取りますが、
やっぱりトータルの成績はごまかしきれない。

何なら一場所おきに休んで、出てきた場所では大活躍!
みたいな横綱も素敵です。
せっかく横綱になったんだから番付の落ちる心配もない。
この特権を大いに生かそうぜ日馬富士!

…と思うのですが、まあ許されんのでしょうな。

テーマ : 大相撲
ジャンル : スポーツ

プロフィール

うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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