スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ビビアンの歌声が優しく響く千秋楽

諸事多忙で千秋楽の記事が書けずにいた。
一週間もたってようやくの更新。


8勝6敗で千秋楽をむかえた豊真将。
十三日目から2連敗。
ツラ相撲のマショーを応援する身としてはちょっと不安。

○豊真将<十両十四・9-6>(はたきこみ)玉飛鳥<十両二・10-5>●

突き押しの玉飛鳥に対し、豊真将は仕切り線からかなり下がって立つ。
これで玉飛鳥の立ち合いの威力は半減。
立ってすぐ豊真将右をさすと、
相手は相対する左からおっつけておいてのハズに入る、その刹那、
豊真将ヒラリと体を右にかわして叩きこむ。

流れを変えたかった豊真将、頭脳作戦が的中。
これで勝ち越し三点となった。
来場所の番付は幕下への陥落などを考えると、一点よりはいくらか楽になったかな。

豊真将、久々の土俵に感慨=「自分の居場所」を実感-大相撲(時事

26日に千秋楽を迎えた大相撲夏場所で、人気力士の豊真将(32)=山口県出身、錣山部屋=が左肩のけがを乗り越え、土俵へ戻ってきた。
 
2場所連続全休で番付は大きく下がり、関取で最下位の西十両14枚目からの再出発。夏場所初日の一番を取り終えると、「やっぱりここが自分の居場所だな」。涙を浮かべ、土俵に上がれる喜びをかみしめた。
 
西小結だった昨年九州場所で負傷し、左肩けん板断裂と診断された。12月に手術に踏み切った後も治りかけては痛みが出る繰り返しの日々。何度も心が折れそうになったが、師匠の錣山親方(元関脇寺尾)や妻に励まされた。「奮い立たせてくれた。部屋のみんなにも支えられて気合が入った」。周囲の応援でつらいリハビリにも耐えた。
 
夏場所は十分な稽古が積めず、幕下転落も覚悟して臨んだ。3日目から4連敗するなど苦しんだが、「徐々に下半身が安定してきて、当たれるようになった」。7日目からの6連勝もあって9勝6敗で勝ち越し、「今までで一番うれしい。自分を信じ、やってきて良かった」と感慨に浸った。
 
次の名古屋場所も十両で迎えるが、「これで終わりじゃない。時間がかかるかもしれないけど、必ず幕内に戻れるように頑張る」。再び結びの一番に臨む日を励みにしながら、取り口同様に愚直に前進していく決意だ。


「徐々に下半身が安定してきて…」というのは見る側にも伝わってきた。
六日目の鏡桜戦、七日目の明瀬山戦あたりから、
マショーらしい立ち合いの踏み込み、
押されても土俵際でぐっと腰を落とし、上半身を傾けて残す独特の動きが出てきていた。
リハビリの場所だったが、本人なりに手ごたえを感じられたのだろう。

最後のコメントは前向きながらもシビアなもの。
「時間がかかるかもしれないけど」というのは、
元三役の実力者でありながら、十両の土俵で苦戦を強いられた今場所。
最終的には勝ち越し三つにとどまった現実に対しての正直な感想だろう。
早く幕内上位へ戻ってくれと、ファンとしては期待してしまう。
でもそう簡単なものではない。
こちらも心して見守らねばならない。


7勝7敗で千秋楽をむかえたカド番の琴欧洲。
相手は鶴竜。

○琴欧洲<大関・8-7>(おくりだし)鶴竜<大関・10-5>●

立ちあい琴欧洲、鶴竜の左腕をかかえてとったりに行く。
鶴竜その腕をひっこ抜くと、勢いあまって琴欧洲に背中を向けてしまう。
欧洲その背をさっとつかまえ反対土俵へ送り出し。

琴欧洲は千秋楽、大関をあいてにカド番脱出。
こういうのを見ると、すわ互助会かと思わないでもないのだが…
恐らくモチベーションの差がでたということなのだろう。


前日、白鵬との全勝対決に敗れた稀勢の里。
それでも、この日勝ってなおかつ白鵬が日馬富士に負ければ、
まだ決定戦の芽があった。
相手はこのところ分のいい琴奨菊。
久々の日本人力士の優勝を願って、館内大歓声のなか時間一杯。

●稀勢の里<大関・13-2>(よりきり)琴奨菊<大関・11-4>○

立ちあい稀勢の里当たり負ける。
左もさせず、右のおっつけも決まらず、琴奨菊にいきなり両差しを許す。
たちまち琴奨菊の電車道。
あっけなく勝負がつく。あっけなく白鵬の優勝が決まる。

館内のお客さんもガッカリというかポカンというか、
そんな相撲になってしまった。

好調な稀勢の里について、場所中よくメディアで話題になっていたのは、
仕切りのときによく見せる頻繁なマバタキの癖が、今場所はあまり見られないことだった。
精神的にかなり落ち着いている証拠であったが、この日の仕切りでは結構出ていた。
無用な力みが立ち合いの失敗につながったのだろう。


なんとも白けたムードの中、結びの一番。

○白鵬<横綱・15-0>(よりきり)日馬富士<横綱・11-4>●

立ちあい日馬富士、左にかわって上手を取りに行くよくやるパターン。
これは白鵬読んでいて、右をさして胴体をかかえこむようにして動きを止め、
互いに右をさして上手のとれない格好に。
白鵬右からすくって左はおっつけ、腰をおとして前へ出れば、
日馬富士はなすすべなく土俵を割る。

全体に日馬富士の軽さが目立った。
五日目までで二敗を喫した今場所は、爆弾をかかえる足首の調子の悪さが見て取れた。
日を追うごとに持ちなおしてきたとはいえ、相手が白鵬ではちょっと難しかった。


結局今場所も終わってみれば白鵬。やれやれ。
しかし日本人力士が優勝争いに絡んだという点では、
2年半前、九州で豊ノ島が白鵬と決定戦を演じて以来の、久々に面白い場所ではあった。
(ちょうど1年前の栃煌山の活躍もあったけど、アレは相手が旭天鵬であったし)

優勝こそ逃したが、今場所の主役が稀勢の里であったのは間違いない。

稀勢惨敗V逸「今日で台無しですね」(デイリー

優勝の可能性が残されていた大関稀勢の里は、大関琴奨菊に寄り倒されて13勝2敗となり、来場所は綱とりがかかるもののレベルの高い優勝が求められることとなった。

悔いが残った。稀勢の里は、琴奨菊に一方的に寄り倒された。約25分間も風呂場に入った後「今日で台無しですね」。目をつぶり、首を振った。自己初の無傷13連勝と、14日目の白鵬との名勝負。覚せいの時を迎えようとしただけに、己を許せなかった。

立ち合いで頭からぶつかったが、もろ差しを許した。満員の国技館にため息が充満した瞬間、優勝の可能性が消滅し「そういう気持ちで臨んだが…」と、やり切れない表情で話した。

それでも、名古屋場所では自身初の綱とりがかかる。前日に14勝で綱とりと明言していた北の湖理事長(元横綱)。13勝にとどまり「もう1番欲しかった」と残念がったが「2差ついたが(優勝に)準ずる成績に見える。次の場所による。優勝しても12勝辺りだと厳しい」と続けた。高いレベルの優勝ならば、昇進を推す意向を示した。

伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)は「準優勝でも2つ離れている。最後は勝ってほしかった」と難色。27日に行われる横綱審議委員会の議論内容にもよる。しかし、貴乃花の引退以降不在の和製横綱を求める声が多いのも事実。来場所に綱とりがかかる見込みだ。

手応えと悔しさが同居した13勝2敗。稀勢の里は「今日のようなことがないようにしたい。いい教訓じゃないか」と声を振り絞った。新たな戦いが始まった。


綱とりうんぬんは先の話だから置いておいて、
まずは今場所の稀勢の里の相撲振りを評価すべきだろう。
序盤こそ不安定さが目立ったが、
中盤からは立ちあいの力強さ、左の固さが光り、いよいよ覚醒、という活躍をみせた。
負けはしたものの、十四日目の白鵬との大一番も、
横綱と胸をあわせてあれだけの勝負ができたのだ。
値打ちのある相撲だったと思う。

その後、カチンコチンになって臨んだ千秋楽。
これはいただけなかったが、本人も述べている通り、いい教訓なのだろう。
まだこの人は発展途上なのだと思えば、滋味深い敗戦にも思える。


最後にシメとして近頃お気に入りの曲を。
ちょっと前にネットで奥田民生がカバーしているのを聞き、隠れた名曲なのを知った。
オリジナルも聞き返してみるととても良い。
リアルタイムのころは、色モノ臭がして耳を傾ける気にもならなかった。
しかし今になると、稀勢の里と相撲ファンとの関係を歌っているように聞こえて仕方がない。





稀勢の里はKYだとよく言われる。
しかし実際にはKYではない。ただマイペースなだけなのだ。
周りから長いこと出稽古に行け行けといわれても、
自分がようやくその気になるまでは絶対に行かない。
そんな人なのだ。

相撲ファンはもうひたすら、自分たちの期待と本人の向上心が合致する、
そのタイミングを待ち望むしかない。
たまの間の悪さも、大事なものと心得て見守るしかない。
稀勢の里は周りに踊らされず、わが道を突き進めばいい。
それがお互いにとって、一番幸福な関係なのだと思う。

スポンサーサイト

横審への違和感

先月28日、夏場所千秋楽から二日後の記事。

横審 日馬に厳しい注文「成績次第では激励する可能性はある」スポニチ

横審では11勝に終わった横綱・日馬富士に厳しい注文がついた。

内山委員長は「次は13勝はしてもらいたい。成績次第では引退勧告までいかないが、激励する可能性はある」と話し、名古屋場所で13勝に届かなかった場合に激励することを明言した。

横審は決議によって、不振の横綱に激励、注意、引退勧告を行える。ただ、ある委員は「名古屋で9勝だった場合は引退勧告というのも出てくる」と厳しい意見も口にした。


えらく厳しい。
代々の横綱にどのような激励、注意、引退勧告がなされたか詳しくは知らないが、
13勝できなかったら激励、というのは過酷だ。
過去の横綱の成績に鑑みても、ちょっとハードルが高すぎないか。

しかも9勝なら引退勧告とのたまっている委員もいるらしい。
これは暴行事件をおこした際の朝青龍に出されたのが最初で、今のところ最後。
結果的にそれで彼は詰め腹を切らされたわけで、極刑に等しいものだ。
場所の成績でこれを持ち出すのは、あまりにも乱暴だろう。

どうしてまたこんなことを言い出したか、と思ってネットを漁る。

先にあげた記事より十日ほど前、場所の最中にこんな記事があった。
序盤で負けが込んで3勝2敗となった折のもの。

醜態さらす日馬富士に横審“大甘対応”東スポ

横綱日馬富士(29=伊勢ヶ浜)が、またしても醜態をさらした。大相撲夏場所5日目(16日、両国国技館)、小結栃煌山(26=春日野)の肩透かしに屈して2敗目。取組後は「負けは負け」とうなだれた。

先の春場所では9勝6敗の大失態。今回も10勝未満なら進退問題に発展してもおかしくない。ところが「お目付け役」のはずの横綱審議委員会は、なぜか日馬富士に対して“大甘査定”だ。

背景にあるのは、今年の初場所後の委員交代がある。鶴田卓彦委員長(85=元日本経済新聞社相談役)、澤村田之助委員(80=歌舞伎役者)といった辛口の名物委員が任期満了で横審を去った。鶴田前委員長は横綱のノルマを「13勝」とし、2場所連続で10勝未満なら横審として「激励」「注意」「引退勧告」などの“実力行使”を明言していたほどだ。

実際、暴行騒動を起こした元横綱朝青龍(32)には横審初の引退勧告を発動した。それが、内山斉氏(78=読売新聞グループ本社顧問)が新委員長に就任すると、論調が一変。春場所9勝の日馬富士を「足首をけがしながらよく踏ん張った」と擁護。この日の横審場所総見に出席した新任の高村正彦委員(71=自民党副総裁)は「横綱のノルマ? 一般論としては最低10勝」とまさかの低ハードルを掲げた。

横審の内規には「注意」「引退勧告」などの条件として「横綱として非常に不成績であり、その位に堪えないと認めた場合」と明記されている。穏健路線となった現横審であれば、日馬富士の“延命”をアシストしかねない状況だ。


ソースが東スポなのでちょっとアレなのだけど。
よもや自分たちへの世評を気にかけ、態度を急変させたのではと勘繰りたくもなる。

そうだとすれば、こうも腰の軽い横審というのも頼りない。
だいたい一度横綱として認めたそのあとで、
一場所ごとの成績について、昔の横審はそんなに注文をつけていたろうか。
よほど休場が続くとか、よほど力士の模範としてふさわしくない振る舞いでもない限り、
わりと鷹揚に構えていたように思うのだが(私が知らないだけかもしれないが)。

横綱の出処進退については、当人と師匠に任せておくのが本来のあり方ではなかろうか。
引き際について小姑のように口をはさむ横審というのは、見ていて辛い。

日馬富士はどうして横綱になったのか

日馬富士の気になるニュース。

日馬富士は警官だった!10年モンゴルで資格取得済み(報知)

大相撲の横綱・日馬富士(29)=伊勢ケ浜=が、母国・モンゴルで警察官の資格を取得していたことが1日、分かった。この日、東京・両国国技館で行われた元小結・垣添の雷親方の断髪式に参加。「3年前に取った」と2010年に取得していたことを明かした。現在は上級職を目指して警察大学に在学しており、通信教育などで勉強中。11日に帰郷して卒業論文を発表予定で、合格すればキャリア警察官となる。

資格は、06年末に交通事故死した父ダワーニャムさんが警察幹部だったことと、日本で力士として頑張っていることが認められ10年に与えられた。逮捕などの権限はないが、通報への対応が可能だという。資格取得後も、上級職になるため超エリートだけが通う警察大学に入学。メールで勉強し、帰郷の際には大学に顔を出すなど、コツコツと努力を続けてきた。11日に発表する卒論のテーマは「日本とモンゴルの法律の違い」だという。

痛めている両足首の影響で3月の春場所は9勝6敗、5月の夏場所は11勝4敗と優勝を逃した。泣き言は口にせず必死に土俵に立っているが、5月27日に開かれた横綱審議委員会では名古屋場所(7月7日初日、愛知県体育館)での13勝以上を厳命された。達成できない場合は内規にある「激励」などの最後通告を示唆された。「一生懸命ベストを尽くすだけ」。持ち前の鋭い攻めを取り戻し、名古屋場所では、ひとつでも多くの“ホシ”を挙げる。


横綱として苦境にある今のタイミングで出してきたこの話。
おれいつでもモンゴル帰れますから、オヤジのあとついで警官なれますから、ふふん、
といったところか。
やかましい外野に対しちょっとひらきなおったような。

資格をとった「3年前」といえば、日馬富士はまだ大関。
よくて10勝、あとはクンロクとハチナナで煮え切らない成績を残していた時期だ。

わたしは正直、このひとは横綱になる気はないと思っていた。
体に恵まれているほうではないし、怪我もある。
横綱になれば苦労するのは目に見えているから、
大関でできるだけ長く務めるつもりなのだろう、と。
それが去年の七月九月の二場所連続優勝。
おや大丈夫かなと思った。
やっぱり苦労している。
どうして横綱なんてなってしまったのか。
でもこのニュースを読むと、少し合点がいくような。

以下まったくの妄想。

引退後の生活設計ができたことで、
この人は勝負する気になったのではないか。

やめたあとはモンゴルに戻り、警察に勤めればよい。
そうなれば、別に株の取得や引退後の独立のために長いこと現役を続け、
金を稼ぐ必要もない。

土俵生命は短くてもよいから、頂点にのぼりつめてやろう。
ライバル白鵬と東西の横綱を張り、
この体でできる限りの相撲をファンに見せ、燃え尽きてみよう。

そう考えたのではなかろうか…なんて思ってみたりするのだが、
なんだか舞の海さんあたりが言いそうなことだ、と読み返しながら感じてみたり。


師範代・曙太郎

ひと月ほど前にニュースになったこのお話
ついに実現したそうで。

元横綱・曙「日本人横綱を」12年ぶり白まわしで指導(報知

大相撲東関部屋の師範代に就任した元横綱・曙の曙太郎さん(44)が8日、東京・墨田区の同部屋で初の指導を行った。K―1参戦のため相撲協会を退職した2003年11月以来の“角界復帰”で、引退した01年初場所以来12年ぶりに白まわしを締めて胸を出した。今後も定期的に指導する方針で、日本人横綱育成を誓った。

退職後に彫った両腕のタトゥーをテーピングで隠し、横綱・曙が土俵に戻ってきた。最初は、言葉で指導をしていたが「血が騒いだ」と、ぶつかり稽古で幕下力士に胸だし。胸を真っ赤にしながら、大粒の汗を流した。

ハワイから来日し88年春に初土俵、93年初場所後に外国出身初の横綱となった。96年に日本に帰化し、引退後は親方として指導に当たっていたが03年に格闘家に転身。角界とは疎遠となった。

昨年末に流れが変わった。部屋の活性化を考えた東関親方(元幕内・潮丸)の要請を受け、曙さんも快諾。協会と関係なく、部屋の独断で設置できる師範代として異例の復帰が実現した。「部屋にきていいのか悩んだが、相撲、部屋を愛している。すべてはここから始まった。曙太郎の本籍です」。指導を終えると目には涙が浮かんだ。

やるからには本気だ。「部屋から日本人横綱を出したい」と、指導の継続を約束。四角いリングもいいが、曙さんには丸い土俵がよく似合った。


現役時代は頂点を極めながら、その後は協会から去ってしまった曙。
年寄株購入の資金繰りもままならず、
先代の親方との関係もあまり良くなかったことなどが背景にあったという。

K-1に挑戦したもののボブ・サップに敗れ、
リングに突っ伏すヒキガエルのような醜態を全国にさらしてしまった。
格闘技ブームのさなか「相撲は弱い」「力士なんてただのデブ」
といった言葉が世に飛び交ったのはこの一戦の影響が大きかった。

その後は開き直ったようにプロレスに励み、
リング上で赤ん坊の役を演じたり、体にはタトゥーをほどこしたりと、
ショーマン、道化師として食いつないできた。
「部屋に来ていいのか悩んだ」というのは正直な気持ちなのだろう。

しかし部屋も代替わりし、
潮丸、高見盛といったかつての弟弟子たちが指導者となった。
彼らが、横綱として一時代を築いた兄弟子を請いもとめたのは自然なことだった。

本来ここにいるべき人がようやく戻ってきた。
東関部屋の将来に幸あれ。

理事長がんばりました

これもちょうどひと月前、ちょっと触れたもの。

いよいよ昨日、執り行われた。
部屋での稽古のときは四股のあとで、おっとっととフラツキを見せた理事長。
はたして本番はどうだったであろうか。



やっぱりちょっとふらついた。
見る側もヒヤヒヤの土俵入りだ。

まあでも一ヶ月でだいぶ良くなった感じ。
ついでにスポニチの記事もスクラップ。

北の湖理事長が還暦土俵入り 28年ぶり雲竜型で決意新た

日本相撲協会の北の湖理事長(60=元横綱)は9日、東京・両国国技館で約1000人の関係者らが見守る中で還暦土俵入りを披露した。歴代9人目で、理事長在任中では88年の二子山理事長(元横綱・初代若乃花)以来25年ぶり4人目。

太刀持ちは九重親方(元横綱・千代の富士)、露払いは貴乃花親方(元横綱、スポニチ本紙評論家)、立行司は5月の夏場所を最後に定年退職した第36代木村庄之助の山崎敏広氏が務めた。

現役時代に愛用した化粧まわしに還暦を意味する赤い綱を締めて登場。雲竜型の横綱土俵入りではせり上がりでふらつく場面もあった。「28年ぶりにこの土俵に上がって綱を締めると緊張感が違う。もたもたしたが終わってホッとした。四股だけはいい音がした」と安どの表情で話した。

夏場所中から体調を崩していたが、優勝回数が3人合計77回の豪華メンバーによる土俵入りを終え「新たな気持ちになった。まだまだ頑張らなければいけない」と決意を新たにした。03年6月1日の引退相撲以来10年ぶりに綱を締めた貴乃花親方は「天にも昇るようだ。思い出に残る一日でした」と感慨深げ。1日に58歳となった九重親方も「自分も2年後にあるし稽古しないとね」と話していた。


そうか二年後は九重親方か。
あの高々と足の上がる四股の復活は…さすがに還暦では無理かな。
というか、そのころは理事長になっているのだろうか?

プロフィール

うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

リンク
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ
参加中
ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。