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気になるニュースふたつ

昨晩は人と飲んでいささか二日酔い気味。
せっかくの休みだからブログを書こうとも思うが、頭が回らない。

こういうときは気になっていた記事をスクラップしよう。

「貴乃花一門」に名称を変更 同名義で花贈るスポニチ

放駒前理事長の葬儀に貴乃花一門の花が飾られた。祭壇へ向かう通路に二所ノ関一門など他の一門とともに「貴乃花一門」として名前が並んだ。

 今年1月の役員改選までは貴乃花グループは一門として認められていなかったが、協会から各一門へ支給される助成金が、今年から同グループにも支払われることに伴い「貴乃花一門」に名称を変更した。

貴乃花親方は4月に3期目の理事に当選。北の湖理事長政権下で、総合企画部長や危機管理部長などなどNo・3として執行部入りしている。貴乃花一門には貴乃花部屋、阿武松部屋、大嶽部屋、立浪部屋が所属している。今回初めて一門として対外的な活動に入り、一門の総帥となった貴乃花親方は「今後は一門として各親方たちと結束していきたい」と話した。
[ 2014年5月24日 05:30 ]


いつまで犯罪者集団のように「グループ」扱いなのだろうと思っていたが、ようやく「一門」に昇格。

しかし一門に助成金があるというのは初めて知った。
いったい幾らくらいもらえるのかしらん、などと、
夏巡業のチケット代8500円すら断腸の思いで支払うわが身としては野次馬的興味もないではないが、
それはさておき。

北の湖理事長、そのバックである最大勢力出羽一門との関係も良好な貴乃花親方。
いずれは理事長になる人が、いつまでもグループ長で体裁も悪かった。
それが一気に「貴乃花一門総帥」。
一代年寄による一門の創設で、現役時の四股名をそのまま冠した華々しい看板になった。

放駒前理事長が身を賭して繋いだバトンである。
一門の総帥、協会幹部として、看板の美しさに違わぬ活躍・改革を期待したい。

…ま、個人的にはアライビラさんを協会で雇って、
協会お墨付きの動画付データベースをネット上に作ってくれればそれで十分なのだが。
月額5千円くらいなら私は出すぞ。
視聴期間限定のビデオに1万2千円も出す気にはなれないけれど。


17年ぶり大入り10日間=大相撲夏場所時事

大相撲夏場所千秋楽は25日、東京・両国国技館で行われ、入場券が完売する札止め(定員1万605人)となった。札止めは今場所6度目で、満員御礼の垂れ幕が下がるのは10度目。東京場所で満員御礼が10日以上になるのは、13日を記録した1997年夏場所以来で、17年ぶり。
 序盤は人気の遠藤が新横綱鶴竜を破って初金星を挙げ、白鵬、日馬富士、稀勢の里らが終盤まで優勝を争って盛り上げた。北の湖理事長(元横綱)は「予想以上に(観客に)入ってもらった。横綱が3人になったし、土俵内容がいい結果では」と話した。 (2014/05/25-19:08)


テレビで見ていても今場所は本当によく埋まっていた。
お客が多いとお相撲さんも張り切るものらしく、熱戦も多かった。
松鳳山と高安など張り切りすぎて時間前に立つくらいで。
ああいう相撲が増えればまた来ようという人も増えるだろう。
それがまた力士の発奮材料となる。
とてもよい循環。

…あとはこの流れをぜひ九州へ。大丈夫かなあ。
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ンフーッ

稀勢、地元握手会に500人「力になる」(ニッカン

大関稀勢の里(27=田子ノ浦)が地元茨城県牛久市で行われたイベントに出席し、トークショーと握手会を行った。

ステージには200席が用意されたが、その倍以上の約500人が詰めかけた。トークショーではゴルフの石川遼(22=カシオ)のものまね芸人、石川不遼こと横山アッチ(38)と登場。横山から「相撲じゃなければどんなことをしていたか」と質問されると「ラグビーとかレスリングとか。なにかスポーツをしていたと思います。ゴルフは全然やりませんけど」と横山を困らせ、周囲を笑わせた。

その後60組のファンと握手会を行い、大勢のファンに囲まれながら屋台を歩いた。暑い中だったが、握手やサインを求められると快く応じていた。

イベント後「いろんな人が声をかけてくれてうれしい。力になる」と笑顔を見せた。

 [2014年6月1日15時23分]


ンフーッ、そうっすねー、稀勢の里も物まね芸人が出てくるくらいになれば、
相撲人気もいよいよ回復といった感じになるんすけどねー、ンフー…

大人じゃん

稀勢 貴ほうふつ 新まわし「茄子紺」ニッカン

大関稀勢の里(27=田子ノ浦)が初めて、締め込みの色を変えることが分かった。新十両から10年間使っていたえんじに代わって、選んだ色は横綱貴乃花らをほうふつとさせる「茄子紺」。新しいまわしは前日2日に届き、3日の朝稽古で締めて体になじませた。

「何かが変わってくれればいいなという気持ちで、心機一転です」。前鳴戸部屋では関取になると、最初にえんじ色の締め込みを着けるのが習わしだった。そこから変えていく力士は多いが、稀勢の里は貫いてきた。だが、綱とりへ殻を破りたい-。その思いで、イメージチェンジを図った。

十両以上のまわしを指す締め込みは本来、力士規定で「紺、紫色系統」と定められていた。次第に色まわしが普及したが、紺色は基本。その中で茄子紺は、初代若乃花や貴乃花らが締めていた。稀勢の里が選んだのは赤みを抑え、黒みがかったインディゴブルーと呼ばれる茄子紺。「(色味を)うるさく言ってきたからいい出来です」と喜んだ。

体を大きく見せる膨張色のえんじから、引き締めて見せる茄子紺へ。「いい状態になったときに着ける」と、早ければ名古屋場所(7月13日初日、愛知県体育館)から新しい姿で行く。

 [2014年6月4日8時20分 紙面から]


稀勢の里といえばエンジ色のまわしがトレードマークになっていたが、ここに来てのモデルチェンジ。

地力は既に日馬富士、鶴竜を上回り、白鵬に次ぐナンバーツーであることは衆目の事実。
しかしここ一番の勝負師としての弱さで、番付は今なお大関のまま。
日本出身力士久々の幕内最高優勝、久々の横綱を期待されながら、延々とくすぶり続けたここ数年。

見る側は変わってほしいと願い続けてきたわけだが、
その思いが誰よりも強いのはやはり稀勢の里自身なのだろう。
稽古量に関してはもはや十分。
となればちょっと形からでも変えてみようか、というのも分かる気がする。

思うにエンジ色のまわしというのは、部屋の慣わしというのもあったにせよ、
どこか彼の幼さを演出していたような印象がある。
態勢が不十分でも本能のままバタバタと前へ出て、墓穴を掘るような。
馬力と勢いにまかせて勝ち急ぐ、子供の相撲のイメージ。

しかし去年の後半あたりから、少しずつ落ち着いて、
相手をみながらじっくり料理する相撲に変わってきた。
(もちろんムラはあるにせよ)
今年1月場所の足の親指のケガも経て、
そうした傾向が一層強くなってきたのが先月の5月場所だったように思う。
明るいエンジから渋みのある茄子紺への変化は、
いよいよ円熟味を増してきた彼の相撲ぶりを象徴するものになるだろう。
モンゴル勢の牙城の前に辛酸をなめつくした少年が、それを糧として大人へと脱皮し、
ついに天下取りへと乗り出したのだ。
いよいよ相撲ファンの待ちに待ったその時が訪れたのである。


…と願いたいのだが。


われわれはみな稀勢の里である

白鵬の一夜明け会見の拒否は、奥さんの流産であることが判明した。

あきらかになってみれば、白鵬にも奥さんにも同情を禁じ得ない。
そういうことだったのか。
私はいつも白鵬負けちまえと思いながら相撲を見ているが、
今回の件に関してはそんな言葉も慎みたい。

千秋楽の表彰式で国家斉唱の際、彼は口をつぐんでじっと眼を閉じていた。
いつもちゃんと歌うのに奇妙に感じたが、
今にして思えば、生まれてこれなかった子供に一人黙祷を捧げていたのだろう。

しかし一連の騒動を振り返ってみれば、
何とも引っかかるのは白鵬のことよりむしろ、私も含め、彼の沈黙に戸惑う相撲ファンのネット上の言動だった。

千秋楽結びの一番、日馬富士が白鵬を破れば稀勢の里と白鵬の決定戦となる状況。
日本人びいきの満員の観衆からは圧倒的な日馬富士コール。
これが白鵬の気に障ったのだ、かわいそうに、
どんなに努力しても結局よそ者扱いだ、なんと気の毒、
会見拒否は自分を受け入れない日本人に対する無言の抵抗なのだ、
そんな声がヤフコメにもツイッターにもブログにも溢れていた。

私自身は毎場所中継を見ていて、そんなの今に始まったことじゃないじゃん、と思った。
日馬富士をダシにした間接的な稀勢の里コール、これまでも度々あったことだ。
いまさらそれで拗ねるような、白鵬はそんなタマではない。
何か別の理由があるんだろう、とは考えつつも、
しかしなあ、さすがに白鵬も衰えてはきたし、憎まれ役もいい加減疲れたかな…
などとつまらぬ邪推をしたものだった。

事実が判明すればまるで見当違い。
この騒ぎは何だったのだろう。

相手の沈黙にオタオタとし、きっと気分を害したのだ、
気の毒に可哀そうにと気を遣い、偏狭な応援は改めましょうと呼びかける。
その態度はとかく同調を求め、
和をもって貴しとなす日本人の弱さを露呈したものに他ならない。

今回の一件で、日本人びいきに気を悪くしたのだと騒いだ者は、
稀勢の里に向かってあいつはメンタルが弱いなどとこきおろす資格はない。

去る5月場所12日目、立ち合い二度つっかけたあと申し訳なく思ったか、
三度目の白鵬の強引な立ち合いに、無理につきあってここ一番を棒にふった稀勢の里。
ずる賢ささえ感じられる白鵬のタイミングに、お人好しの稀勢の里はまんまとはめられてしまった。
その姿は、自分が不利でも何とか場を成立させようとする、
私も含めた心優しいネット上の相撲ファンにもダブって見える。
相手はひたすら自分の都合で動いているだけだというのに。

もちろん立ち合いはお互いに合わせるのが基本であるし、
今回の白鵬のようにひたすら自分のタイミングで立つのは間違っている。
しかし自分のタイミングを見失ってしまっては元も子もない。

同様に相撲ファンも、日本人を応援したいという素直な気持ちを何ら捻じ曲げる必要はない。
そもそも相手は大横綱である。
負けろ負けろと目の敵にしながら見るのが正しい作法だ。
(まあ万歳コールはさすがにやりすぎだった思うが)

プライベートのことは本当に気の毒に思うし、
そのあとの行動も一人の人間として見事なものだった。
しかし横綱としては、こちらも遠慮なく憎ませてもらうこととしよう。

行司は反則を見てはならない、というおはなし

こんな相撲について訳知り顔のブログを書いてるくせに、
実はワタクシ基本的なことを存じておりませんでした、といういささか恥ずかしいお話。


去る五月場所の十四日目、稀勢の里と日馬富士の取組が物言いのつく一番となった。
押して出た稀勢の里を、日馬富士が土俵際で突き落とす。
行司木村庄之助は稀勢の里に軍配を上げたのだが、スローで見ると日馬富士の足が残っている。
普通なら行司差し違いだが、日馬富士が突き落す際、稀勢の里のマゲを引っ張っており、
けっきょく反則で軍配通り稀勢の里の勝ちとなった。

このときのブログで私は
「庄之助は日馬富士の反則を見て軍配を上げたのか定かでない」と書いたのだが、
最近相撲の本を読んでいたら、「行司は反則を見ないで相撲だけを見て軍配を上げる」という記述があった。
朝青龍の全盛期に立行司をつとめた、第33代木村庄之助さんの著書から引用。
思い出に残る取組を尋ねられてのお答えである。

自分の相撲では十両の取組で貴花田と維新力の取組。反則で維新力が負けた相撲です。
維新力の手が髷に入ったのが見えました。これは維新力の反則です。
しかし、維新力は反則であっても、維新力が勝ったので、
勝負としては維新力に軍配を上げなければなりませんでした。

行司は反則を見てはいけないことになっています。反則は審判員が決めるのです。
行司は勝負の勝敗だけを見るのです。
したがって、反則をしても、行司は勝った方に軍配を上げます。
行司は「反則がありました」と言って、反則した力士を負けにするわけにはいきません。
(中略)
維新力に軍配を上げると、すぐ審判員から手が上がりました。
協議の結果、貴花田が勝ちとなりました。
このような反則の場合は、勝った力士に軍配を上げて、
「行司差し違え」となっても、「(行司の)黒星」としてカウントされません。
(中略)
反則によって勝った力士であっても、そしてその反則を気がついていても、
行司は勝った力士に軍配を上げなくてはいけないのです。

(「大相撲と歩んだ行司人生51年」より)


大相撲と歩んだ行司人生51年―行司に関する用語、規定、番付等の資料付き大相撲と歩んだ行司人生51年―行司に関する用語、規定、番付等の資料付き
(2006/06)
木村 庄之助、根間 弘海 他

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というかこんな本を読まなくても、思い起こせばNHKの中継でアナウンサーも、
「行司は反則を見ませんから…」と言っていたような気がする。
ウィキにも同様のことは書かれてあったりするから、私も相当なボンヤリだ。

そのとき書いたブログでは、差し違いになるところが反則でならなかったので、
庄之助はラッキーだったなどと書いたりしている。
とんでもない間違いだった。
しかし今回のケースでも庄之助の黒星となったのだろうか。そのあたりはちょっと不明。
プロフィール

うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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