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魁皇21年前の勇姿

家にある古い相撲雑誌をめくっていたら、
魁皇のちょうど21年前の写真があった。
月刊「相撲」平成2年(1990)8月号、名古屋場所総決算号の
各段優勝力士のページにちらりと。

kaio01

下の写真真ん中にいる三段目の優勝者が魁皇。
当時はまだ古賀の本名でとっていた。

kaio02

細いっ、細いな~

このころは記事によれば体重115キロ。
現在は164キロであるから、約50キロの差。
まもなく18歳になるという初々しい姿である。


この場所、幕内では大関旭富士(現伊勢ヶ濱)が横綱千代の富士(現九重)を破って連覇を達成、
6度目の挑戦にしてようやく綱取りを果たしている。

番付を眺めていると
横綱はほかに北勝海、大乃国、
大関は小錦、霧島、北天佑。
十両には曙、若花田、貴花田…といった面々。
ちなみに若花田はこの場所十両優勝。

翌年の5月に貴花田が千代の富士を寄り切る「あの一番」が来るわけで、
若貴ブームの前夜といった時代であろうか。

さらに言えば東欧革命やソ連邦の崩壊がこの前年。
礼宮と紀子さんの結婚がこの年の6月。
テレビではちびまる子ちゃんが人気で「おどるポンポコリン」が大流行、
流行語は「ファジー」「アッシー君」「あげまん」…と上げればキリが無いのだけれど、
とにかくそんな時代。

わたしは魁皇と一つ違いで、ほぼ同世代である。
自分が学生のころから彼はえんえんと土俵に立ち続けている。
もうどう言っていいか分からない。

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テーマ : 大相撲
ジャンル : スポーツ

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うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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