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師範代・曙太郎

ひと月ほど前にニュースになったこのお話
ついに実現したそうで。

元横綱・曙「日本人横綱を」12年ぶり白まわしで指導(報知

大相撲東関部屋の師範代に就任した元横綱・曙の曙太郎さん(44)が8日、東京・墨田区の同部屋で初の指導を行った。K―1参戦のため相撲協会を退職した2003年11月以来の“角界復帰”で、引退した01年初場所以来12年ぶりに白まわしを締めて胸を出した。今後も定期的に指導する方針で、日本人横綱育成を誓った。

退職後に彫った両腕のタトゥーをテーピングで隠し、横綱・曙が土俵に戻ってきた。最初は、言葉で指導をしていたが「血が騒いだ」と、ぶつかり稽古で幕下力士に胸だし。胸を真っ赤にしながら、大粒の汗を流した。

ハワイから来日し88年春に初土俵、93年初場所後に外国出身初の横綱となった。96年に日本に帰化し、引退後は親方として指導に当たっていたが03年に格闘家に転身。角界とは疎遠となった。

昨年末に流れが変わった。部屋の活性化を考えた東関親方(元幕内・潮丸)の要請を受け、曙さんも快諾。協会と関係なく、部屋の独断で設置できる師範代として異例の復帰が実現した。「部屋にきていいのか悩んだが、相撲、部屋を愛している。すべてはここから始まった。曙太郎の本籍です」。指導を終えると目には涙が浮かんだ。

やるからには本気だ。「部屋から日本人横綱を出したい」と、指導の継続を約束。四角いリングもいいが、曙さんには丸い土俵がよく似合った。


現役時代は頂点を極めながら、その後は協会から去ってしまった曙。
年寄株購入の資金繰りもままならず、
先代の親方との関係もあまり良くなかったことなどが背景にあったという。

K-1に挑戦したもののボブ・サップに敗れ、
リングに突っ伏すヒキガエルのような醜態を全国にさらしてしまった。
格闘技ブームのさなか「相撲は弱い」「力士なんてただのデブ」
といった言葉が世に飛び交ったのはこの一戦の影響が大きかった。

その後は開き直ったようにプロレスに励み、
リング上で赤ん坊の役を演じたり、体にはタトゥーをほどこしたりと、
ショーマン、道化師として食いつないできた。
「部屋に来ていいのか悩んだ」というのは正直な気持ちなのだろう。

しかし部屋も代替わりし、
潮丸、高見盛といったかつての弟弟子たちが指導者となった。
彼らが、横綱として一時代を築いた兄弟子を請いもとめたのは自然なことだった。

本来ここにいるべき人がようやく戻ってきた。
東関部屋の将来に幸あれ。

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うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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