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善人は早死にする、ってことなのか、な

職場で休憩時間にtwitterを眺めていたら、「把瑠都引退」のニュース。
思わず「えっ」と声が出ました。
まだやってくれると思っていたのに。

元大関の把瑠都が引退 「エストニアの怪人」も故障に勝てず(スポニチ

大相撲の元大関で、巨体と怪力を生かして活躍した東十両3枚目の把瑠都(28)=本名カイド・ホーベルソン、エストニア出身、尾上部屋=が11日、痛めていた左膝の回復のめどが立たないため、日本相撲協会に引退届を出して引退した。

東京・両国国技館で開いた記者会見で「悲しいけど、けがが治らない。これ以上、番付で下がりたくなかった」と涙を流した。親方として相撲界に残らず、角界を去る。


怪我さえ治れば、また土俵に戻ってくれるものと思っていました。
把瑠都ならば仮に幕下に落ちても、万全の状態に戻ればさっさと幕内上位に帰れるはず。
じっくり直せばいいよ、程度に見ていたのですが。

当人にもプライドがあったのでしょうし、
傍で見るより状態は悪化していたのでしょう。

把瑠都自身にしか分からないことではありますが…

(続き)身長198センチ、体重190キロ前後の体格で「エストニアの怪人」と呼ばれた。2010年夏場所で欧州勢2人目の大関に昇進。昨年初場所で初優勝して横綱候補と期待されながら、度重なる故障に悩まされた。把瑠都は「横綱に届かなかったのは残念。(性格面で)優しい部分があった。もっと厳しくやっていればよかった」と話した。



優しい部分はたしかにありました。

大関時代に、横綱になりたいかと聞かれ、
「日本人の横綱が出なくちゃね」とコメントしていた記事をどこかで読んだ覚えがあります。
自らの出世よりも、相撲界全体が盛り上がることを望んでいる人なんだな、と思いました。

素人目ではありますが、引退瀬戸際の大関に星を譲るような相撲も見た気がします。
ありあまる才能を持ちながら、勝負師に徹しきれない人でした。

その優しさが取り口にも出ていました。

初土俵から破竹の勢いで入幕したものの、
肩越しに上手をとって引っ張り込み、下がりながらブン投げる、強引な取り口が災いしてヒザを負傷。
(下がって取る相撲は下半身にダメージが大きいので)
しばらく十両と幕内を往復しました。

反省して、突っ張りや下からおっつけながら回しをとって丁寧に前に出る相撲に開眼。
ヒザの負担も軽減され、たちまち大関となります。

しかし大関となって初優勝も果たし、横綱間近と思われると、
またもとの強引な相撲に戻ってしまった。

下半身がガタガタになり、大関陥落。そして今に至って…

大関に昇進したころの相撲を続けていれば、この人の相撲人生は違ったと思うのですが。
心優しい「ガイジン」の把瑠都は、自分はそこまで望まれていないと感じていたのかも知れない。
それが結果的に自滅的な相撲につながって言ったのかも知れない。

私は把瑠都に横綱になって欲しいと思っていました。
でもそれは、豪快ながらもスキのある横綱として。
星は一定以上に残すが、負けっぷりもいい横綱、
そんな力士になってくれたら面白いかな、と考えていたのですけど。
それも把瑠都を終わらせた空気のひとつだったのでしょうか。

朝青龍や白鵬のような、見る側が呆れるほどの勝負への執着心がこの人にあったなら。
またいろいろ違っていたでしょうに。


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プロフィール

うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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