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いまさらながら琴欧洲の引退について

琴欧洲、お父さん犬と土俵で対戦 ソフトバンクCMに出演47ニュース

日本相撲協会は17日、ブルガリア出身の元大関、琴欧洲親方がソフトバンクのCM「白戸家」シリーズに出演したと発表した。18日から全国で放映される。

CMでは、新定額料金サービス「スマ放題」のイメージで琴欧洲親方が焼き肉とすしを食べ放題。さらに「相撲放題?」と反応した犬のお父さんと同親方が土俵上で対戦し、豪快に押し出すシーンもある。

現役引退後で初のCM収録となった琴欧洲親方は「(お父さん犬は)相撲もよく頑張りましたよ」と絶賛した。ちなみに同親方は20人の力士らと一緒に、しゃぶしゃぶ600人前を平らげたことがあるという。


春場所での引退からもう3か月も過ぎた。早いものだ。
琴欧洲親方、という呼び名にもあまり違和感を覚えなくなった。
(そのうち二所一門の空き株、不知火を名乗るのだろうけれど)

いまさら先々場所を振り返るのも遅いが、
この人の引退と鶴竜の横綱昇進がメイントピックとなった3月場所は、
相撲史上、時代の境目であった。
「ダメ外人時代の終焉」とでも言ったらよかろうか。

ピエロ役の外国人力士というのは、
昔も今も「国技」大相撲には欠かせない存在だった。





図体は大きく勝つときは豪快だが、小回りが利かず負ける時も豪快。
古くは高見山、小錦、そして曙あたりがそんなキャラクターだった。
小さな日本人が技巧を凝らし、大きなガイジンを土俵の上にひっくり返す、
やっぱり相撲は日本人が一番強いのだ、
小さな島国の小さな国民はかくして己の肉体的コンプレックスを晴らしてきた。
時として彼らが主役を張る場所もあるにはあったが、
絶対的な王者として君臨することは決してなかった。
小錦も曙もあくまで脇役であり、その限りにおいて日本人は彼らを受け入れてきた。





朝青龍の登場で流れはちょっと変わった。
ガイジンなのに決して大きくない。相撲も巧い。
そんな男が一時代を築き、完全な主役となってしまった。
それでも彼は取組以外の振る舞いは無茶苦茶であったから、
まだヒールとして位置付けることができたし、
まもなく取って代わる(はずだった)稀勢の里をベビーフェイスとしておけば、
それなりに状況を受け入れることもできた。





決定的だったのは白鵬だろう。
朝青龍のあとを受けてトップの座に就きながら、先輩を反面教師とし、
土俵の上でも下でも文句のつけようのない優等生的な振る舞い。




ガイジンのくせにベビーフェイスなのだ。どう捉えていいのか分からない。
日本人は彼に対し消化不良を起こし、
あるときは日本人力士がだらしないのだと稀勢の里に八つ当たりし、
またあるときは(私のように)白鵬の些細な言動をあげつらって、
痛む腹具合を何とかごまかしてきた。

そんな中、琴欧洲は一服の胃腸薬のごとき存在であった。
彼は高見山以来続く、古き良き「ダメ外人」の伝統を護持してくれていた。
2メートルの巨体を小さな豪風や豊ノ島にコロコロと転がされては、
青い眼をいつも憂鬱そうに曇らせながら花道を去って行く。
その都度われわれは嬉々として、2chに「今日もカロヤンダイブwwwww」などと書きなぐり、
モンゴル勢によって国技が国技でなくなってゆく痛みを、懸命に忘れようと努めてきたのである。





やがて鶴竜が大関となった。
なった当初はすぐにでも横綱になりそうな勢いもあったが、まもなくそれも停滞。
クンロクハチナナの成績を続けながら、
先輩大関の琴欧洲と星の回しあいを臭わせるような相撲を取りはじめる。
おや鶴竜もダメ大関、ダメ外人か、何だしょうがねえなあ。
そう思いつつも私は心のどこかでホッとしていたような気がする。
これ以上モンゴルに上に立たれちゃたまらんぜ、どうか君は今のままで居ておくれ、
ブログにそう書くことはあまり無かったが、
それが大関時代の彼に対する私の本音だったのだろうと、今は思う。

ところが今年初場所春場所の突然変異である。
増量が功を奏して大関に駆け上がったころの強さを取り戻した鶴竜は、
優勝同点、優勝と二場所連続で好成績を収め、あれよあれよという間に頂点を極めてしまった。

このころ印象的だったのは初場所7日目の相撲である。
琴欧洲は11月場所をカド番で途中休場し、関脇に陥落して迎えたこの場所。
10番勝てば大関復帰がかなう、しかしすでに2敗して黄信号が点っていた。
ここで相手になったのが鶴竜であった。

いつも馴れ合いのような相撲を見せていた二人のこと、
どうせ鶴竜が譲るんだろうと私は見ていたが、
予想に反し鶴竜が出し投げから寄り切って完勝。
これは意外、と思ったら鶴竜はその場所ぐんぐん星を伸ばし14勝。
横綱への足掛かりを築いてしまった。
かたや琴欧洲はさらに4敗を喫し、関脇の地位にとどまった。

改めて思えば、あの相撲はダメな先輩につきあって一緒にくすぶってきた後輩が、
「すんません先輩、俺やっぱり上に行きたいっす」と別れを告げたような、
そんな相撲だったように感じられてならない。

こうして鶴竜は脇役の座に甘んじることなく、翌場所見事初優勝を果たし綱取りに成功。
主役のひとりに名を連ねた。
夢破れた琴欧洲は、同じ場所で土俵を去った。
ダメ外人の系譜はいよいよ絶たれ、国技の頂点を3人のモンゴル人が独占する事態となった。
薬を失った日本人は、胃の痛い思いをしながら、なおもジンギスカン料理を食わされ続ける。
もういらないようと悲鳴を上げても、
鉄鍋の上には照ノ富士が、逸ノ城が追加されようとしている。

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プロフィール

うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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