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Number朝青龍インタビューを読む(4)~努力家の問題児~

またまた雑誌「Number 10月14日号」の朝青龍インタビューから。

横綱になってからの朝青龍は稽古嫌いで知られたのであまり言及されないが、
若い頃は逆に無類の稽古熱心であった。話は幕下時代について。


「一番頑張ったもんね。上を目指すために、死ぬ気でやった。
十両のころは自分の強さ、相手の強さがわかってきて、少し余裕もできてきた。
だから、無我夢中でやった幕下時代の朝青龍が一番強かったよ。
稽古は人の2倍、3倍やってたからね」

―どうしてそこまで稽古に打ち込めたんでしょう。

「いやぁ、もう強くなるんだって気持ちしかなかったから。
横綱、大関は雲の上の人でしたけど、いつか、闘ってみたいという思いが強くあった。
体が小さいから強くなれないという人もいたけど、
逆に小さいから人よりたくさん稽古をした(後略)」

―夢中で稽古を積んでいたころが、一番幸せだったと思ったりしませんか。

「うーん、どうだろう。
確かに、周囲があれこれ言わなかったからね。
昼寝してても、強い力士と自分が相撲をとってて自然と体が動いてたんだよ。
『おぉー、上手とって上手投げー』
ん?おいおい、なんだ俺、勝ったと思ったら寝てるじゃないかよって(笑)。
あのころは関取になるのが本当に夢だったからね。
大銀杏を結えるのもすごく楽しみだった。土俵入りもね。
今思うとね、足の親指から全部力が入ってくるんですよ。
一番大事なところだよ。足の指先からね、力が入ってくるんだ」

(スポーツグラフィック Number 10月14日号 文芸春秋社刊より)


夢の中でまで相撲をとっている、というのが凄い。
文字通り「夢中」で相撲に精進していたのがよく分かるエピソードだ。

一方、師匠高砂親方も、自らの著書の中で弟子の当時の稽古熱心さに言及している。
朝青龍はモンゴルから高校相撲の名門、明徳義塾に留学し、
そこで親方にスカウトされ中退して大相撲入りするのだが、当時の話から。



明徳義塾の相撲部監督は朝青龍について、
「とにかくひたすら稽古をするヤツだぞ」というので興味を持ちました。
高知にいる私の弟に偵察に行かせたら、「本当によく稽古をしていた」と言うので、
「よし。そんなに稽古好きな子が部屋に入れば、周囲にもいい影響を与えるだろう」
と決心したのです。

(中略)

当時の朝青龍の目は、本当にキラキラしていました。
入門してからも、誰に言われることなく率先して自分から稽古をするし、
稽古場で負けると悔しがって涙を流す。
今までそんな弟子はいなかったので、こちらが驚いたくらいです。

何しろいつも相撲のことばかり考えていて、
眠る寸前まで頭で相撲を取っていたといいます。
朝起きると左手でまわしを取った格好をしていた、なんていう話も聞きました。

(高砂浦五郎著「親方はつらいよ」2008年文芸春秋社刊より)



稽古で負けて涙を流す、というのは
朝青龍の異様なまでの負けず嫌いをよく物語っている。
さらに眠る寸前にはイメージトレーニングをしていた、という話まで。
その想像が眠ってからも夢の中に出てきて、
本人の回想のようなことになっていたのだろう。

若いときの稽古好きな面に関しては、
「天敵」とされた内館牧子女史すら言及しているほど。
朝青龍の横綱昇進時に、品格の面からはじめは難色を示していたこのお方。
(最終的に師匠が指導するとの条件付で認めたのだが)

今春出版された本の中でその理由を、こう振り返っている。



(横綱昇進)以前から土俵上での態度は決してよくなかったし、
相撲道にもとること、たとえば「ダメ押し」もやってたし、
記者さんに暴言を吐くのも日常的で、
横綱にふさわしい態度ではないという危うさはありました。
ただ、危うさと同時に私が買っていた部分もあって、
それがすごく一生懸命稽古をしているように見えたことです。
前頭の頃、呼ばれなくても稽古総見に来て、夢中でやってました。
往年のウルフのような鋭い目で、
マゲがほどけてザンバラ髪になっても夢中でぶつかっていって、
面白い力士になるだろうとは思ってましたね。

(内館牧子著「『横審の魔女』と呼ばれて」2010年朝日新聞出版社刊より)



この本の中で彼女は横審時代を振り返り、
稽古総見における横綱大関の出席率の悪さ、出席している力士の身の入らなさを散々嘆いている。
そんな内館さんの目を引くほど、平幕時代の稽古振りは異彩を放っていたのだ。

しかし続く一節は朝青龍の本質も見抜いていて


ただその激しさは危うさと表裏一体で、
千代の富士の場合は鋭い目つきであっても、
ガンを飛ばすとか、そういう下品さはなかった。
朝青龍の場合は、非常に魅力的なところもありながら、
間違うとどっちに走っちゃうかわからない、
暴走しそうな危うさは感じました。


果たしてその予感は的中してしまったわけである。

こうして当人や周囲の人々の証言を並べてみると、
朝青龍という稀有な力士がもっていた長所短所がだいぶ見えてくる。
それは本当に紙一重の部分で、どちらに転んでもおかしくないものだったのだ。




親方はつらいよ (文春新書)親方はつらいよ (文春新書)
(2008/07)
高砂 浦五郎

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内館 牧子

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プロフィール

うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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