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デーモン改革案(2)~打ち出し時間をずらす~


先日ちょっと紹介した、デーモン閣下の大相撲改革案の続き。

この中に、営業上の改革案がいくつかある。
その一つをちょっと考えたい。

九、本場所の取組時間を2時間後ろにずらす。

(現代思想2010年11月号大相撲特集 デーモン閣下「『国技』と称され続けるために」より


しばしば言われる「ナイター興行」案。
現在の打ち出し時刻午後6時が、午後8時にずれるわけである。
幕内の土俵は現在4時に始まり6時に終了するが、
スライドすると6時から8時となり、
なんと幕内の後半戦がテレビのゴールデンタイムに進出する。
生観戦においても、会社や学校帰りの人々の集客が見込める。
実にナイスなやり方なのだ。

まあ個人的には、今の私はもっぱら録画で見ているから何時でも構わない。
しかしマイヒーロー、若嶋津に夢中になっていた子供のころをちょっと思い出してしまった。
そもそも相撲と出会った小学校の時分は、帰りも早かった。
授業が終ってちょっと友達と遊んでも、家に帰ればまだ相撲がやっていた。
しかし中学に上がると、部活動がある。
大体6時ごろまでかかるので、もはや生中継は拝めない。
11時ごろにダイジェスト番組はあったが、仕切りのない機械的な進行が興ざめだ。
思春期につれ私の相撲熱は徐々に低下していったのだが、
思い返せばこうした背景があったのかな、と今になって思う。

リアルタイムでは知らないが、
実は過去に一度だけ、このナイター興行は試みられたのだそうだ。
昭和30年9月場所の話で、以下に詳しい。

1場所限りのナイター興行(goo大相撲)

この場所は午前10時30分から取組開始。午後5時30分に中入り、8時に打ち出しという本場所でははじめてのナイター興行。普段、勤めで本場所を観戦できないビジネスマンにも会社帰りに大相撲をゆっくりと楽しんでもらおうとの配慮から成された相撲協会の大改革である。


全く大改革だ。当時の相撲協会の柔軟さに感心する。ところが。

(前の引用続き)案の定ビジネスマンにはなかなか好評だったナイター興行も、力士にとってはコンディション作りが難しくなり、体調を崩す力士が続出。また遠隔地向けの版に間に合わないという理由で新聞社からもクレームが入り、結局、1場所限りで取りやめとなった。


あららら。力士やメディアには不評だったのか。
でも客には評判がよかったらしい。
当時の評判をもう少し読みたいな、と思って図書館で古い新聞を当たってみた。すると。

今場所のナイター制はそれ自身決して悪くはない。
大いに利点もあった。
しかし一日をゆっくり観賞しようとする者には決して有難くない。
報道関係の不便ばかりでなく、一般人も昼を望むものが多く、
特に近県のファンは不便を感じている。
大入り満員がわずか二日間だったこともこれを裏書きしている。
やはり昼興行がよい。

      (毎日新聞 昭和30年10月3日「大相撲秋場所総評」より)


ふうん。
こちらだと客の評判も悪かったようだ。
大入り満員がわずか二日だった、というのもかなり痛い。
つまりナイター興行というのは客も力士もメディアも誰も幸せになれなかったのか。

しかし…と思う。
55年前と今とでは大相撲を取り巻く環境もだいぶ違う。
人々の生活も夜型になり、交通のインフラも進化した。
メディアの通信手段もはるかに向上しているはずだ。
あとは力士の生活サイクルだが、一旦固定してしまえば変えられないものではないだろう。
仕事の事情で一日のリズムを変化させるくらいは、誰しも行なっていることだ。

現状のままでは、中継でも現地でもリアルタイムで見られるのは
小学生と主婦とお年寄くらいしかいない。
かつてアントニオ猪木も
「勤め人が会社帰りに来られないような時間にメインの興行を打つ団体がどこにあるんだ」と
(いう意味の言葉で)日本相撲協会を評したという話もある。
まあ猪木に言われたからというのではないが、
ファンの獲得、維持のためにぜひ考えて欲しいところ。


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うぃぬっ

Author:うぃぬっ
相撲の好きな犬。新潟県在住。近眼。千代の富士の時代に相撲を見始め、若貴時代はヒネくれていたのであまり見ず、朝青龍のときにまた見始めて現在に至る。

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